読み物

『小倉百人一首』
あらかるた

【296】雪月花


中国生まれの雪月花

「雪月花(せつげつか)」は四季の風物を象徴する言葉。
式子内親王(しょくしないしんのう 八十九)にこの三文字を
そのまま詠み込んだめずらしい歌があります。

いくとせの幾万代か 君が代に雪月花のともを待ちみむ
(正治初度百首 式子内親王)

何年も何万年も 君の治世のつづく中で
(わたしたちは)雪月花の友に逢うのを待ちましょう

和歌の場合は「ゆきつきはな」と訓読みします。
「幾万代」は「いくよろずよ」です。
雪月花をともに楽しむ風雅の友を待つ、
そんな穏やかな世がずっとつづいてほしいというのです。

内親王の歌は白居易(はくきょい=白楽天)の
下記の漢詩から着想を得たと考えられています。

琴詩酒(きんししゅ)の友は皆我を抛(なげう)つ
雪月花(せつぐゑつくわ)の時最も君を憶(おも)ふ
(和漢朗詠集 交友 白)

琴を弾き詩を作り杯を交わした友は皆わたしを見捨てた
雪や月や花の時節にいちばん思い出すのはあなたのこと


和風化する雪月花

「雪月花」という表現は白居易の上記の詩によって
日本に伝えられたともいわれます。
しかし『万葉集』は白居易が生まれる前の、
天平勝宝元年(749年)の日付のある歌を載せています。

雪の上に照れる月夜に 梅の花折りておくらむ愛(は)しき児もがも
(万葉集巻第十八 4134 大伴宿祢家持)

雪の上に月が照るこんな夜に
梅の花咲く枝を折って贈るような
かわいい人がいたらよいのになぁ

大伴家持(おおとものやかもち 六)が
雪、月、梅花を題に詠んだ歌です。

家持の時代には漢詩を作るためのヒント集やネタ帳が
輸入されていたそうですから、
雪、月、花の一揃いという考え方も知られていたかもしれません。
白居易以前の詩人の作品も読まれていたことでしょう。

話を白居易にもどすと、
順徳院(百)の兄土御門院(つちみかどのいん)が
「雪月花時最憶君」の題でこのように詠んでいます。

おもかげもたえにし跡もうつりがも 月雪花に残るころかな
(土御門院御集 詠五十首和歌)

あなたの面影も 恋が終わったしるしも 移り香も
月や雪や花を見るたび まだ残っているのがわかります

式子内親王とおなじ『和漢朗詠集』から題を採っていますが
「月雪花(つきゆきはな)」と順番が変わっています。
こちらのほうが秋→冬→春という季節の順に合っており、
ずっと後の江戸文学にもこの配列が見られます。

また題にある「君」は友人ではなく恋人になっています。
友を詠むことの多い漢詩に対して
和歌には恋の歌が多いことの反映でしょうか。
家持が雪月花から女性を想起していたように、
和歌では早いうちから日本風に詠みこなしていたと考えてよさそうです。