『小倉百人一首』
あらかるた
【266】難題を超えて
歌人への挑戦状
歌会や歌合(うたあわせ)の歌題には、
まず春・夏・秋・冬・恋・旅などという大まかな分類があり、
それぞれに「立春」「惜花(はなをおしむ)」
「待郭公(ほととぎすをまつ)」などの詳細なテーマが出題されます。
恋歌にもさまざまな歌題が出されますが、
もっともシンプルな例が「忍恋(しのぶこひ)」でしょう。
百人一首には天徳歌合で対戦した平兼盛(たいらのかねもり 四十)と
壬生忠見(みぶのただみ 四十一)の歌が採られています。
時代が下るとシンプルな歌題ばかりではなくなり、
皇嘉門院別当(こうかもんいんのべっとう)の歌などは
「旅宿逢恋(りょしゅくにあふこひ)」という
凝った歌題で詠まれています。
難波江のあしのかりねの一夜ゆゑ みをつくしてや恋わたるべき
(八十八 皇嘉門院別当)
難波江の葦の刈り根の一節(ひとよ)のように
あなたと過ごした短い一夜(ひとよ)のために
わたしはこの身をつくして思いつづけるのでしょうか
作者は「旅宿逢恋」から、旅先で出会った人との
一夜限りの恋という状況を想定しています。
言うなれば物語を創出しているわけです。
むずかしい歌題は歌人たちへの挑戦状とも思えますが、
経験に照らして詠むことができないような題が出されたら、
想像力も創造力も最大限に発揮してそれに応える、というのが
題詠(だいえい)の醍醐味だったのかもしれません。
遊戯を超える秀歌
源俊頼(みなもとのとしより)の歌は、藤原俊成(八十三)の父
俊忠(としただ)の家で行われた恋十首の歌合で詠まれたもの。
題は「祈れども逢はざる恋」でした。
うかりける人を 初瀬の山おろしよ はげしかれとは祈らぬものを
(七十四 源俊頼朝臣)
冷たかったあの人のことを観音さまに祈ったが
(わたしは恋の成就を祈ったのだ)
初瀬の山颪よ おまえのようにつらくあたれと祈ったのではないぞ
題が意味するのは、神仏に祈ってもかなうことのない片思い。
俊頼の歌は題の条件を詠みこなして題があったことさえ感じさせず、
感情のおもむくままに生み出された作品のように見えます。
恋の歌に多いむずかしい歌題は遊戯という側面があり、
出題者と歌人との駆け引きや
歌人同士の競り合いのもとになっていたようです。
しかし百人一首に採られるほどの歌は、
かつてそれが遊戯だったとは思えないほどのリアリティがあります。
後世に残る歌はやはり、ちがうのですね。