『小倉百人一首』
あらかるた
【251】桂離宮と大江千里
さかのぼれば光源氏
数寄屋(すきや)造りの書院で知られる桂離宮は
京都の代表的な名所のひとつ。
美しい庭園も有名ですが、この回遊式の庭園は
『源氏物語』を意識したものと伝えられています。
光源氏は桂川西岸に桂の院と呼ばれる別邸を持っており、
「松風」の巻ではここで豪華な宴が催されます。
そこに帝(冷泉天皇)から届けられた歌というのが、
月のすむ川のをちなる里なれば かつらの影はのどけかるらむ
(源氏物語 松風 主上)
桂川の遠方(おちかた)の里なのだから
月の姿をゆっくり楽しめるであろう
桂川を月の澄む/住む川と呼び、
月の姿(または光)を桂の影と詠んでいます。
月に大きい桂の木が生えているという月桂伝説をふまえており、
桂という地名もそれにちなんだものと考えられています。
平安貴族の間で人気の別荘地だったというのも、
そこが月の名所だったからでしょう。
桂の近くに月読尊(つくよみのみこと=月神)を祀る
月読(つきよみ)神社があることからも、
古くからの月との関わりを感じさせます。
月桂伝説は中国伝来ですが
月読神社創建は平安京誕生のはるか前、
この地に渡来系氏族が定住、繁栄していた六世紀にさかのぼります。
いずれにしても大陸文化の影響が及んでいたということなのでしょう。
源経信(みなもとのつねのぶ 七十一)に
桂にあった兄の別荘で詠んだという歌があります。
今夜わが桂の里の月を見て 思ひ残せることのなきかな
(金葉和歌集 秋 大納言経信)
思い残すことはないと言いたくなるほどの月。
どんなに素晴らしい月が見られたのでしょう。
月のテーマパーク
桂離宮は江戸時代初期に創建されたものです。
その場所は藤原道長(ふじわらのみちなが)の
別業(べつぎょう=別荘)跡地ともいわれていますが、
月の名所であることを活かし、
観月(かんげつ=月の鑑賞)のための施設として設計されています。
月のテーマパークと考えてもよいでしょう。
たとえば回遊式庭園にある茶亭のひとつ月波楼(げっぱろう)は
池に映る月を楽しむために作られたものでした。
じつはこの名前に、百人一首歌人大江千里(おおえのちさと 二十三)が
関係しているといわれています。
千里の家集にこういう一首があります。
照る月は波の心にひかされて ひとつ珠とぞ見えわたりける
(大江千里集 風月)
水面に注ぐ月の光は波の思いのままに姿を変え
一粒の珠(たま=宝石)のように見えている
百人一首の「月見れば」同様に漢詩に題材を採っており、
オリジナルは白居易(はく きょい=白楽天)です。
月点波心一顆珠 月は波心に点じて一顆(いっか)の珠
ここから「月」と「波」の二文字を採って月波楼。
それにしても、波しだいで形を変える月を楽しむ、
それだけのための茶亭が作られていたとは…。