『小倉百人一首』
あらかるた
【254】独り寝の歌
片敷くのは着物の袖
平安時代に書かれた物語や日記には
布団(ふとん=蒲団)という言葉が出てきません。
これは当時、布団そのものがなかったためです。
筵(むしろ)や薦(こも)は古くからありました。
平安時代に薦を何枚か重ねて厚くしたものに
藺草(いぐさ)のカバーをつけた敷物が作られ、
貴族たちの生活に浸透していきます。
これが畳(たたみ)であり、
絵巻類を見ると、貴族の邸宅内には
きれいな縁(へり)のついた畳が描かれています。
寝るときはこの上に褥(しとね)を敷いて横になり、
衾(ふすま)などを掛けて寝るのが一般的なスタイル。
絹布製で芯に綿を使った衾や褥もあったようですが、
綿が高価な輸入品だったため、普及することはありませんでした。
麻(あさ)や樹皮の繊維を用いたものが多かったといわれています。
しかし百人一首の藤原良経(ふじわらのよしつね)の歌では、
筵(むしろ)の上に直接寝ているように受けとれます。
きりぎりすなくや霜夜のさむしろに 衣かたしきひとりかも寝む
(九十一 後京極摂政前太政大臣)
霜が降りるような寒い夜 こおろぎの鳴き声を聞きながら
わたしは筵に衣の片袖を敷いてひとりで寝るのか
良経は「寒し」を言うために「さむしろ(狭筵)」を持ち出しており、
筵は独り寝のわびしさを演出する小道具と考えてよいでしょう。
畳を敷かず筵だけで寝たと考えたほうが
いっそうわびしさが増すかもしれません。
ところで、この歌では昼の間着ていた着物を脱いで、
それを掛け布団のようにして寝ています。
ふたりで寝るときはお互いの袖を掛け合うのですが、
独り寝の場合は片袖を脱ぎ、脱いだ袖を身体の下に敷きます。
これが和歌でおなじみの「衣片敷く」です。
夢のまじない
「片敷く」すなわち「独り寝」なので、
わざわざ「ひとりかも寝む」と言わなくても状況はわかります。
『狭衣(さごろも)物語』にはこのような例があります。
片敷きにかさねし衣うち返し 思へば何を恋ふる心ぞ
(狭衣物語 巻四)
独り寝の日々をかさねて かさねた着物を裏返し
何度もあなたに夢で会いたいと思っていますが
(それにしても)どうしてこれほどまでに恋しいのでしょう
掛詞(かけことば)が多いので口語訳が長くなってしまいましたが、
ここで脱いだ着物を裏返しているのは、
恋人が夢に見えるようにというおまじない。
せめて夢で会えないだろうかと毎夜着物を裏返し、
ふと、自分はなぜこんなことをしているのかと自問する、
そんな男の心理を詠んでいます。
物語中の人物の歌ですが、
我に返った瞬間をとらえているのがおもしろいですね。