『小倉百人一首』
あらかるた
【225】梅を愛する歌人
飛ぶ梅 飛ばぬ桜
奈良時代に花といえば梅であった。
平安時代以降は、花といえば桜である。
そう教わったことのある人は多いでしょう。
たしかに『万葉集』には梅を詠んだ歌が多いと感じますが、
平安初期の『古今和歌集』にも、まだまだ梅の歌がたくさんあります。
時代区分に合わせて、あっという間に
花の主役が変わったわけではないようです。
百人一首歌人では菅原道真(二十四)が
梅を愛した人物としてよく知られています。
こち吹かばにほひおこせよ梅の花 あるじなしとて春をわするな
(拾遺和歌集 雑春 贈太政大臣)
東風が吹いたら(その風にのせて)香りを送ってくれ 梅の花よ
主人がいないからといって春を忘れるなよ
大宰府に左遷されることが決まった道真が
庭の梅に別れを告げた歌です。
梅はしかし、空を飛んで大宰府まで道真を追っていった…、
というのが「超」がつくほど有名な飛び梅伝説。
じつは道真は、桜にも別れの歌を詠んでいたのですが、
さくら花ぬしを忘れぬものならば 吹き来む風にことづてはせよ
(後撰和歌集 春 菅原右大臣)
桜の花よ 主人を忘れないのならば
(大宰府に)吹いてくる風に(咲きましたと)伝言しておくれよ
こちらはほとんど知られていません。
空を飛ばなかったからでしょうか。
清少納言は梅ごのみ?
清少納言(六十二)は桜より梅が好きだったといわれます。
それは『枕草子』にこんなふうに書いているから。
木の花はこきもうすきも紅梅
桜は花びらおほきに葉の色こきが枝ほそくて咲きたる
藤の花はしなひながく色こく咲きたる いとめでたし
(枕草子)
木に咲く花は濃いのも薄いのも紅梅
桜は花びらが大きくて葉の色の濃いのが細い枝に咲いているところ
藤の花はしなやかに垂れた花房が長くて
濃い色に咲いているのがとってもステキ
最初が梅なので、
梅がいちばん好きと言っているようにも見えます。
しかし咲く順番に書いただけかもしれず、
これを「好きな花ランキング」と考えてよいのかどうか…。
さて、清少納言が花を視覚的にとらえているのに対し、
紫式部(五十七)は
埋れ木のしたにやつるゝ梅の花 香をだに散らせ雲のうへまで
(紫式部集)
人目に触れずひっそり咲いた梅の花よ
香りだけは雲の上まで散らすがよい
作者の実家から梅の枝が献上されてきました。
それを埋れ木の下に咲いた花と謙遜し、
せめて香りは雲の上(=宮中)にまで散ってゆけと。
こちらは嗅覚ですね。
道真の歌も紀貫之(三十五)の「人はいさ」もそうですが
梅の花はその香りを詠まれることが多いようです。