『小倉百人一首』
あらかるた
【237】神に逢う葵祭
植物の霊力
初夏の京都の風物詩、
賀茂祭(かものまつり)が葵祭(あおいまつり)と呼ばれるのは、
参加する人々が葵(あおい)を身につけるからです。
そして呼び名の由来としてもう一つ挙げられるのが
人もみなかづらかざして 千早振る神のみあれにあふひなりけり
(紀貫之集 第四)
人々はみな葵の蔓(かずら)を髪に飾り
神さまのご降臨に出会う日なのだったよ
車(=牛車)で賀茂に詣でる人を見て詠んだというこの歌は
「葵(あふひ)」と「逢ふ日」が掛詞になっています。
このことから、葵をかざすのは
「神に会う日」だからだともいわれているのです。
「かざす」は「挿頭す」と書きますが、
古くは「髪挿す」と表記しており、
草木の花や枝を髪に挿すことをいいました。
また植物を用いた髪飾り一般を「鬘(かずら)」といい、
賀茂祭の葵は葵鬘(あおいかずら)と呼ばれます。
男女ともに結髪(けっぱつ)していた大昔、
布や蔓草(つるくさ)で髪を結んでいたと考えられています。
蔓草を用いたのは実用的だったからですが、
植物の生命力、霊力への信仰があったともいわれ、
冠や烏帽子(えぼし)が普及してからも
鬘は神事という場面に生き残りました。
宴席で髪飾りとして使われた例もあるので、
非日常を演出するものに変化していたのでしょう。
お役立ちの蔓草たち
百人一首で蔓草といえば、
三条右大臣藤原定方(ふじわらのさだかた 二十五)のこの歌。
名にしおはゞ逢坂山のさねかづら 人に知られでくるよしもがな
(二十五 三条右大臣)
逢坂山のさねかずらが逢って寝るという名前ならば
蔓をたぐって秘かにあなたのもとを訪れたいのだが
「さねかづら」は、真葛、実葛と書き、南五味子と書くこともあります。
五味といわれてもどんな味がするのかわかりませんが、
赤い実を生薬にするのだそうです。
美男葛(びなんかずら)という別名があるのは、
茎から採れる粘液が整髪料に使われていたから。
また『枕草子』などに出てくる甘葛(あまづら)という甘味料は
真葛とは別の葛(名称不明)を煮詰めて作ったものでした。
砂糖が貴重な輸入品だったため、
貴族でも日常は甘葛を用いていたようです。
どちらも呪術的な意味のなさそうな、お役立ちの葛です。
ほかに日陰の蔓(ひかげのかずら)という葛もあって、
現在では製薬材料、塗料や研磨材などに使われていますが、
平安末期の藤原俊成(しゅんぜい 八十三)は
こんなふうに詠んでいます。
ゆふ園の日蔭のかづらかざしもて 楽しくもあるか豊のあかりの
(玉葉和歌集 賀 皇太后宮大夫俊成)
木綿(ゆう)の庭に日蔭の蔓で冠を飾って
楽しいではないか 豊明節会(とよのあかりのせちえ)は
豊明節会は遍昭(へんじょう 十二)が舞姫に恋した、宮中の冬の行事。
人々は冠の左右に日陰の蔓を垂らしていたのです。
その葛が、用途が変わって今でも使われているとは、
俊成は想像もしなかったでしょうね。