『小倉百人一首』
あらかるた
【186】名に負うものたち
その名ゆえの誤解
『伊勢物語』には有名な和歌がたくさんありますが、
主人公が隅田川で詠んだとされるこの歌は
とくにおなじみではないでしょうか。
名にしおはばいざこと問はむ都鳥 わが思ふ人はありやなしやと
(伊勢物語 第九段)
その名を都鳥というのなら さあ尋ねよう都鳥よ
わたしが思いを寄せるあの人は元気でいるのかいないのかと
都鳥(=ゆりかもめ)に恋人の安否確認をしようというのです。
「名にし負わば」の「し」は強めの助詞で、
「名に負う」は名前としてもつということ。
名前に「都」がついているのだから都のことを知っているだろうという、
なんとも無茶な理由づけが行われています。
地名ではこんな例もあります。
名にし負はばあだにぞ思ふたはれ島 波のぬれぎぬいくよきつらむ
(後撰和歌集 羇旅 よみ人知らず)
名前のとおりであれば浮気者と思いそうなたわれ島は
(実際はただ)波に濡れているだけで
幾世(=長いあいだ)濡れ衣を着せられてきたことでしょう
この歌は『伊勢物語』で、少し姿を変えて
恋の贈答歌として使われています。
たわれ島は有明海にある島、というより小さい岩礁で、
漢字では「風流島」と書くのだとか。
「たわむれ、遊び」という意味だから浮気者だろうと、
名前ゆえに疑われているというのです。
三条右大臣のこじつけ
百人一首では藤原定方(さだかた)が
さねかずら(真葛=別名美男葛)を引き合いに出して
熱烈な恋の歌を詠んでいます。
名にしおはゞ逢坂山のさねかづら 人に知られでくるよしもがな
(二十五 三条右大臣)
逢坂山のさねかずらが逢って寝るという名前ならば
蔓をたぐって秘かにあなたのもとを訪れたいのだが
逢坂山だから「逢う」
さねかずらだから「さあ寝よう」
さらに、つるを繰る(くる=たぐる)から「来る(=行く)」
というぐあいに見事なこじつけを連ねています。
最後は和泉式部(五十六)の歌です。
家の前で女郎花(おみなえし)を手にした僧侶を見かけ
侍女に尋ねさせたところ、
比叡山の念仏の立花(たてはな=供え花)にするのだという返事。
思うところのあった式部は歌を詠み、
その女郎花に結びつけてやったそうです。
名にしおはば五つのさはりあるものを うらやましくものぼる花かな
(新千載和歌集 釈教 和泉式部)
その名のとおりなら五つの障害があるはずなのに
うらやましいことに比叡の山に上っていく花であることよ
五つのさわりというのは、
女性は生まれながらに五つの障害をもっており、
修行を積んでも成道できないとする考え方です。
また延暦寺は女性に門を閉ざしており、
女性が延暦寺で出家することはできませんでした。
おみな(=女)という名をもちながら比叡山に上り、
法会に参加することのできる女郎花がうらやましいと、
和泉式部は思ったのです。
歌人たちは物の名からさまざまなことを考えたのですね。