『小倉百人一首』
あらかるた
【166】そらだのめ
あてにならない男
約束を守らない人というのは昔からいたようで、
素性法師(そせいほうし)の歌は、そんな男に対する恨みを
女性の立場で詠んだ一首です。
いま来むといひしばかりに 長月の有明の月を待ちいでつるかな
(二十一 素性法師)
すぐに行くとあなたが言ったばかりに 毎夜待ち明かして
とうとう九月の有明の月を見てしまったことだわ
今夜こそは今夜こそはと待ちつづけて九月になってしまったと。
有明(ありあけ)の月は残月(ざんげつ)ともいい、
朝になっても空に残っている月のことです。
月の入りが遅くなるのは旧暦では十八日くらいからなので、
九月もおわりに近づき、冬が迫ってきているのです。
寒くなったらますますあの人は来なくなるのではないか、
そんな不安さえ感じさせます。
なほざりの空頼めとて 待ちし夜の苦しかりしぞ今は恋しき
(千載和歌集 恋 殷富門院大輔)
いいかげんな約束を空しく信じてしまって
待ちつづけた夜の苦しかったことが 今となっては恋しいわ
殷富門院大輔(いんぷもんいんのたいふ 九十)の歌では
あてにならない男との恋が終わってしまっています。
恋しいと言いながらも、吹っ切れているようですね。
「なほざり」はいいかげんなこと、「空頼め」は
あてにならないことを頼りにさせる、信じさせることを指し、
どちらも約束がらみの和歌によく使われます。
あてにならない女
約束を守らないのは男だけではなかったらしく、
祐子内親王家紀伊(ゆうしないしんのうけのきい 七十二)の母だった
小弁(こべん)という女房がこんな歌を詠んでいます。
こちらは女同士の例です。
〈詞書〉
来むといひつゝ来ざりける人のもとに
月のあかゝりければつかはしける
なほざりの空だのめせで あはれにも待つにかならずいづる月かな
(後拾遺和歌集 雑 小弁)
(あなたの約束のように)いいかげんなものを空しく待たなくても
素晴らしいことに 月は待てばかならず出てくれるのね
あなたは来ると約束しておいて来なかったけれど、
月は約束しなくても出てきますよと皮肉たっぷり。
しかし相手は強者(つわもの)でした。
たのめずはまたでぬる夜ぞかさねまし たれゆゑか見る有明の月
(後拾遺和歌集 雑 小式部)
あてにならないなら待たずに寝る夜をつづけたらよろしいのに
(でも実際のところ)だれのおかげで有明の月をご覧になれたのかしら
信じて待ったからこそ月が見られたんじゃないの、
わたしに感謝しなさいと言わんばかり。
謝罪の気配さえないのにおどろきますが、
このふたり、仲はよかったんでしょうか。