『小倉百人一首』
あらかるた
【167】恋の約束 神との約束
誓いと契り
素性(そせい)法師、右近(うこん)、清原元輔(もとすけ)、
儀同三司母(ぎどうさんしのはは)、藤原基俊(もととし)。
これらの歌人に共通するのは、百人一首に採られた歌が
約束や誓いを主題にしていること。
このうち右近は「誓ひ」という言葉を使っていますが、
元輔と基俊の歌では「契り」になっています。
「誓ひ」は神や仏にかけて約束することをいい、
「契り」はふつうの約束、男女の将来の約束などを指しています。
思ひいづや みのゝを山のひとつ松 ちぎりしことはいつも忘れず
(新古今和歌集 恋 伊勢)
あなたは思い出しますか 三野のお山の一本松にかけて
約束したことは わたしはいつも忘れていませんわ
伊勢(十九)は松にかけて約束しているから「契り」なのでしょう。
歌中の「みの」は岡山県の三野(御野)かもしれません。
近くに簑山(みのやま)という地名があり、一本松古墳もあるそうです。
滋賀の唐崎にも一つ松があるので気になりますが。
男女の約束では俊恵(しゅんえ 八十五)におもしろい歌があります。
わするなよ 忘れじとこそたのめしか 我やはいひし きみぞちぎりし
(新勅撰和歌集 恋 俊恵法師)
「忘れないでね」と言ったら
「忘れないよ」と頼みに思わせてくださいましたね
(あの言葉は)わたしが言ったのでしょうか あなたが誓ったのですよ
朝の決まりごと
藤原良経(よしつね 九十一)には
神との約束を詠んだ歌があります。
神風やみもすそ川のそのかみに 契りしことの末をたがふな
(新古今和歌集 神祇 摂政太政大臣)
(伊勢の神よ)御裳濯川(みもすそがわ)の川上に
その昔お願いしたことの結果が(約束と)違いませんように
「神風や」は伊勢神宮にまつわる諸々の名詞にかかる枕詞。
「御裳濯川/御裳裾川」は伊勢神宮の境内を流れる川の名で、
五十鈴川(いすずがわ)とも呼ばれます。
「そのかみ」は「神」「上流」と「その昔」という
三つの意味を持たせているようです。
さて、ここまでは約束という意味の「契り」でしたが、
最後に別の意味で使われた例を見てみましょう。
しのゝめと契りてさける朝がほに たが帰るさの涙おくらむ
(続古今和歌集 秋 後鳥羽院御歌)
明け方に咲くと決まっている朝顔に
だれが帰りがけの涙を置くというのだろう
この後鳥羽院(ごとばのいん 九十九)の歌では
決まりごとを「契り」と詠んでいます。
朝顔が東雲(しののめ)に咲くのは決まりごとなのに、
そんな当たり前のことにだれが感動して涙を流すのかと。
そう言いながらも朝顔は露に濡れています。
かへるさ(=帰りがけ)というひと言がポイントで、
作者は女性の家からの帰り道に朝顔を見ているのです。
昨夜のことを思い出しながらの涙は
うれし涙だったのか、くやし涙だったのか、それとも
明け方には帰らなければならないという決まりごとがうらめしかったのか。
読み手に理由がわからないところが奥ゆかしいですね。