読み物

『小倉百人一首』
あらかるた

【130】本気の恋は危険な恋


実在した和製ドンファン

現代語の「色好み」は「好色」に通じ、
非道徳的な響きをもつことも。
しかし平安朝など古代の「色好み」という言葉は、
恋の情趣を重んじる人や風雅なことを好む人を指していました。
在原業平や光源氏はその代表的な人物といえます。

その平安時代に
現代語の「色好み」そのままの人物がいました。
百人一首歌人でもある元良(もとよし)親王です。
父親が廃位された後に生まれたため天皇になれなかった、不運な皇子。
(親王についてはバックナンバー《20》をご覧ください。)

親王の家集『元良親王御集』(他者撰)はこのように始まっています。

陽成院の一宮(いちのみや)元良のみこ(皇子)
いみじき色ごのみにおはしければ
世にある女のよしと聞ゆるには
あふにも逢はぬにも文やり歌よみつゝやり給ふ
(元良親王御集)

陽成院(十三)の第一皇子元良親王は
たいへんな色好みでいらっしゃったので
世の中の女の美女だという評判のものには
実際に逢う逢わないの区別なく手紙を書き
歌を詠んでは遣わしておられた

『御集』は恋の歌で埋めつくされており、
ざっと見たところ、歌を贈り贈られた相手は少なくとも三十人以上。
貴族から浮かれ女(=遊女)、行きずりの女までと幅広く、
親王が和製ドンファンと呼ばれるのも宜(むべ)なるかな、です。


ドンファンの苦悩

そんなドンファンが本気になったのが
京極御息所(きょうごくのみやすどころ)との許されぬ恋。
時の法皇が寵愛する女性と、親王は密かに通じてしまったのです。
御息所は左大臣時平(ときひら)の娘でもあり、父を廃位に追い込んだ
まさに政敵側の人物。

さすがに親王はこの恋の危険さに気づき、
御息所に贈った手紙を取りもどそうとしました。
しかし相思相愛だった二人のこと、御息所はためらいます。

やれば惜しやらねば人に見えぬべし 泣く泣くもなほ返すまされり
(元良親王御集)

お返しするのは惜しいけれど 返さなければ人に見られてしまうでしょう
泣く泣くではありますが お返ししたほうがよいのですね

手紙の回収がうまくいったかどうかわかりませんが、
結局不倫は人に知られるところとなりました。
もはや御息所に逢うことはかなわず、
親王はこの歌を詠むことになったのです。 

侘びぬれば今はた同じ難波なる みをつくしても逢はむとぞ思ふ
(二十 元良親王)

(事が露見して)思い案じていますが もう身を滅ぼしたようなもの
澪標(みおつくし)のように身を尽くしてでもお逢いしたいと思います