『小倉百人一首』
あらかるた
【102】送別の歌
馬の鼻向け
駿河守(するがのかみ)となって赴任する平兼盛(四十)に
大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ 四十九)が
このような歌を贈っています。
《詞書》
平兼盛するがのかみになりてくだり侍(はべり)ける時
餞し侍(はべる)とてよめる
ゆきかへりたむけ駿河のふじの山 けぶりもたちゐきみを待つらし
(新勅撰集 雑 大中臣能宣朝臣)
行き帰りに供え物をする駿河の富士の山には
煙も立ちのぼってあなたを待っているでしょう
霊山富士に供え物をする「たむけ」と
旅立つ人に贈る「たむけ」(=餞別)を掛け、
さらに「たむけする」と「駿河」を掛けています。
詞書にある「餞」は「餞別(せんべつ)」の「餞」ですが、
一文字で「うまのはなむけ」と読みます。
意味は「馬の鼻向け」。
馬の鼻を目的地の方角に向けて安全を祈願したのに由来し、
転じて送別会や記念品を「うまのはなむけ」
あるいは短く「はなむけ」というようになったのです。
土佐に赴任した紀貫之(三十五)は『土佐日記』に
「船旅なのに馬のはなむけをやったよ」と書いていて、
呼び名と実態が合わないのを面白がっているような…。
送り出す心得
百人一首にあるのは送られる側からの歌のみ。
在原行平(ゆきひら 十六)の「立ち別れ」は仕事で因幡へ、
小野篁(たかむら 十一)の「わたの原」は流罪で隠岐へ、
それぞれ都を離れていく心情を詠っています。
もちろん旅立つ人のほうが心細いわけですから、
送り出す側には細やかな心遣いが見られます。
百人一首歌人の送別の歌を見てみましょう。
あまたには縫ひかさねゝど から衣思ふこゝろは千重にぞありける
(拾遺集 別 紀貫之)
あなたに贈るこの衣は 幾重にも縫いかさねてはいないけれど
あなたを思う心は千重(ちえ)にもかさなり尽きることはありません
貫之が太宰に赴任する人に装束に添えて贈った歌です。
「からころも」は衣服に対する美称で、中国風という意味はありません。
「ころも」と「縫ひ」「かさね」「千重」は縁語になっています。
君いなば月待つとてもながめやらむ あづまのかたの夕暮の空
(新古今集 離別 西行法師)
あなたが去っていったら 月を待つときにもはるかに眺めよう
あなたのいる東の方の夕暮の空を
陸奥(みちのく)に旅立つ人へのはなむけ。
西行(八十六)は月の歌が多いことで知られますが、
相手がそれを知っていると思って詠んだのでしょうか。
毎晩のように月を見てあなたを思い出しますよと。