読み物

『小倉百人一首』
あらかるた

【39】遁世者の時代


女房から僧侶へ

百人一首は時代配列になっていて、
ほぼ歌人の没年順に並べられています。

性別を見ると、前半には男性エリートが多く、
中頃を過ぎると急に女性が多くなります。
11世紀前半は女性が宮廷文学の担い手だったので、
女性歌人もこの時期に集中しているのです。

もうひとつ気がつくのは、
女性歌人がつづいたあとは僧侶が多くなっていることです。

配列順に行尊(ぎょうそん)、能因(のういん)、良暹(りょうぜん)、
道因(どういん)、俊恵(しゅんえ)、西行(さいぎょう)、
寂蓮(じゃくれん)、慈円(じえん)。

ほかに藤原俊成、藤原公経(入道前太政大臣)や
二条院讃岐、式子内親王なども晩年に出家していますから、
仏門に入った歌人がいかに多かったかがわかります。

上記の僧侶のうち、行尊と慈円は仏教界で活躍した高僧。
ほかの僧侶は遁世者(とんせいしゃ=俗世間を逃れた人)であり、
貴族や武士という身分を捨てた生活を選んだ人たちです。

平安時代の末期から鎌倉時代にかけて、
多くの遁世者が現われて文学の担い手となっていきました。

貴族社会の衰退と武家台頭による混乱、不安の中、
西行、鴨長明、吉田兼好などの遁世者は
人々の憧れの存在だったといいます。


孤独を求めて

さびしさに宿を立ち出でてながむればいづくも同じ秋の夕暮
(七十良暹法師)

寂しいので庵を出てあたりを眺めてみたけれど
どこも同じように寂しい秋の夕暮れなのだったよ

良暹が庵から出ていったのは
寂しさに耐えきれなかったから、という解釈がありますが、
僧侶の身でそんなに寂しがるなんて、本当でしょうか。

村雨の露もまだひぬまきの葉に霧たちのぼる秋の夕暮
(八十七寂蓮法師)

にわか雨が通り過ぎてそのしずくもまだ乾かない真木の葉に
霧の立ちのぼるのが見える秋の夕暮れよ

寂連も秋の夕暮れを詠っています。
秋の夕暮れは寂しさをあらわす、当時の代表的なキーワードでした。
寂しさを秋の夕暮れに結びつけることによって、
歌人たちは寂しさそのものを美化したと考えてよいでしょう。

そして美しいものとなった寂寥、孤独は
遁世者の生き方を肯定する力を持ったのです。

良暹は耐えられないほど寂しかったのではなくて、
秋の夕暮れを見ながら、
みずから選んだ遁世者の生活に
満足していたのではないでしょうか。