ちょっと差がつく
『百人一首講座』
【2002年12月25日配信】[No.092]
- 【今回の歌】
- 三条右大臣(25番) 『後撰集』恋・701
名にし負(お)はば 逢坂山(あふさかやま)の さねかづら
人に知られで くるよしもがな
昨日はクリスマスイブでした。
あなたはどんなイブを迎えましたか?
子供とケーキのろうそくを吹き消してパーティをして、サンタの代わりに枕元にプレゼントを置きました?
恋人と待ち合わせをして、食事をして楽しく話をして、イブを人生の思い出にした?
相手もいないので、ひとりで仕事をしてた。いつか恋人と語らう日を夢見ながら。ちょっと寂しい気もしますが、案外そういう人が多いんですよ。勇気を出して声をかけて、来年は暖かいクリスマスを2人で過ごしてみては。
今回は、さねかずらのつたをたぐってあなたを連れ出したい、という密かな恋を歌った一首です。
現代語訳
恋しい人に逢える「逢坂山」、一緒にひと夜を過ごせる「小寝葛(さねかずら)」その名前にそむかないならば、逢坂山のさねかずらをたぐり寄せるように、誰にも知られずあなたを連れ出す方法があればいいのに。
ことば
- 【名にし負(お)はば】
- 「名に負(お)ふ」は「~という名前をもつ」という意味です。
「し」は強意の副助詞で、動詞「負(お)ふ」の未然形に接続助詞「ば」がつき仮定を示します。「名に背かぬなら」という意味になります。 - 【逢坂山(あふさかやま)】
- 山城国(現在の京都府)と近江国(現在の滋賀県)の国境にあった山で関所がありました。「逢ふ」との掛詞になっています。
- 【さねかずら】
- つる性の植物で、「五味子(ごみし)」とも言います。「小寝(さね=一緒に寝ること)」との掛詞です。
- 【人に知られで】
- 「で」は打消の接続助詞で、「人」は「他の人」という意味です。
「他人に知られないで」という意味になります。 - 【くるよしもがな】
- 「くる」は「来る」と「繰る」の掛詞です。「繰る」は「たぐり寄せる」という意味です。「よし」は「方法」などの意味で、「もがな」は願望の終助詞になります。「あなたを連れて来る手だてが欲しいよ」という意味になります。
作者
三条右大臣(さんじょうのうだいじん。873~932)
内大臣・藤原高藤(たかふじ)の次男、藤原定方(さだかた)のことです。藤原兼輔(かねすけ)のいとこで、醍醐天皇時代には兼輔とならぶ和歌の中心的存在でした。息子は藤原朝忠です。
鑑賞
この歌は、人目を忍ぶ恋を詠んだ歌です。
この歌の道具立てのひとつになっているのは「さねかずら」。
もくれんの仲間のつる草で、昔は茎を煮て整髪料を作ったといいます。そのため、美男葛(びなんかずら)と呼ばれていました。さねかずらは「小寝(さね)」、一緒に寝て愛し合うことに掛けられた言葉です。
また、「繰る」も「来る」と掛けられた、さねかずらの縁語です。
操り人形のように、逢坂山に生えているさねかずらのつるを巻き取って引っ張れば、ツタの先に恋しいあの人がついてきたらなあ、と歌っています。
誰にも知られないように、恋しい相手と連絡を取る方法が欲しいというわけです。
恋愛の歌というのは、苦しい心のうちを語るものが多いのですが、これなども典型のひとつでしょう。近江から京へ上る途中にある逢坂山で、木々にからまるつたを見て、ため息をついている作者の姿が目に浮かぶようです。
歌の中には「逢う」と「逢坂」、「さねかずら」と「小寝(さね)」、「来る」と「繰る」などの掛詞や縁語がたくさんちりばめられています。技巧も含めて、この歌の面白さを味わってみましょう。
この歌の舞台になっている「逢坂山」は、今の京都府と滋賀県大津市の境になっている坂道です。付近に高速道路が通り、同じ百人一首にある、蝉丸の「これやこの 行くも帰るもわかれては 知るも知らぬも逢坂の関」の歌碑が建っていたりします。
逢坂の関は、ここで何回もご紹介しましたが、作者・三条右大臣の墓は、京都市山科の勧修寺にあります。900年に醍醐天皇の手によって建立されたもので、それこそ作者の生きた時代に建てられたのです。境内には、平安時代の風情を保つ庭園などありますので、散策を楽しめるでしょう。
市営地下鉄小野駅で下車します。