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『百人一首講座』

中納言家持(6番) 『新古今集』冬・620

【今回の歌】
中納言家持(6番) 『新古今集』冬・620

かささぎの 渡せる橋に おく霜の 

白きを見れば 夜ぞ更けにける

寒い毎日が続きます。
12月も中旬に入り、いよいよ年も押しつまってきました。
12月も今頃になると神社仏閣をはじめ商店街でも行事がいっぱい。針供養や大根だき、赤穂浪士の義士祭りなどが京都では開かれますし、全国的には羽子板市、酉の市なども行われます。
ビルが立ち並び、日本らしさが失われた昨今ですが、師走の風情は、日本情緒を思い出させてくれますね。まだまだ長く続いてほしいものです。

さて今日は、大雪を迎えた京都の冬にふさわしい一首をお届けします。


現代語訳

七夕の日、牽牛と織姫を逢わせるために、かささぎが翼を連ねて渡したという橋ーー天の川にちらばる霜のようにさえざえとした星の群れの白さを見ていると、夜もふけたのだなあと感じてしまうよ。


ことば

【かささぎの渡せる橋】
天の川のこと。中国の七夕伝説では、織姫と彦星を七夕の日に逢わせるため、たくさんのかささぎが翼を連ねて橋を作ったとされます。
【おく霜の 白きを見れば】
「霜」はここでは「天上に散らばる星」のたとえとなっています。
「月落ち烏鳴いて霜天に満つ」という唐詩(張継の作)が元になっていると言われます。
【夜ぞふけにける】
「ぞ~ける」で係結びになり、詠嘆の助動詞「けり」は連体形の「ける」になります。

作者

中納言家持(ちゅうなごんやかもち。718?~785)

奈良時代後期の人、大伴家持(おおとものやかもち)です。三十六歌仙の一人で、大伴旅人(おおとものたびと)の息子です。早く父親に死に別れ、叔母の坂上郎女(さかのうえのいらつめ)に育てられました。
万葉集に一番多い473首の歌が収録されており、折口信夫らの研究で、万葉集の主撰者(らしい)として後の王朝時代の詩歌に巨大な足跡を残しています。


鑑賞

この歌には、2つの読み方があります。
ひとつは冒頭に紹介した唐詩選の張継(ちょうけい)「楓橋夜泊(ふうきょうやはく)」の一節「月落ち烏(からす)啼いて、霜天に満つ」を元にしたもので、冬の冴えわたる夜空の星を、白い霜に見立てたもの。
冬の夜空を見上げて、天の川に輝く夜空の星が美しい。冬の夜がふけていくなあ、と感じ入っている歌です。
「かささぎの橋」というのは、七夕の織り姫と彦星の話のことです。中国では七夕の一日だけ、たくさんのかささぎが天の川に翼を広げて織り姫の元へ彦星が渡って行けるようにしたわけです。

もうひとつは、「かささぎの橋」を奈良は平城京の御殿の階段になぞらえたもの。宮中はよく「天上界」になぞらえられ、「橋」と「階(はし)」の音が同じことからきたものです。
宮中の夜の見張り番「宿直(とのい)」をしている深夜に、紫宸殿の階段に霜が降り積もっているのを見て、「天上をつなぐ階段に霜が積もり、白々と輝いている。冬の夜も更けたものだ」と感じているというストーリーです。

どちらも美しいたとえですが、ストレートに天の川を歌った前者の方がロマンチックのような気がします。
作者・大伴家持は繊細で優美で情感あふれる歌を得意とした人で、後の平安時代の詩歌に非常に大きな影響を与えた人です。
1300年の時を超えて、今なお美しい歌を残せるなんて、そのことがとてもロマンチックですね。
家持の過ごした平城京の御殿は、近鉄奈良線西大寺駅を下車して東です。いにしえの都で見上げる天の川もいいでしょうし、史跡に親しんで、階段に積もる霜の様子を想像してみるのもロマンチックではないでしょうか。