読み物

一期一会

平成28年 春

り行くに、
して。

花さそふ 嵐の庭の 雪ならでふりゆくものは わが身なりけり第九十六番 入道前太政大臣

作者の内面描写を散りゆく桜に置き換えて、複雑な感情が入り混じった心境を詠んだ一首。満開の花を愛でるよりも散ることを惜しむといった、儚きものを美化する心情は、日本人が好む「散り際の美学」なのでしょうか。今回は、入道前太政大臣が詠んだ「花さそふ…」の歌について、『百人一首』を専門に研究されている吉海直人先生にお話を伺いました。


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    吉海 直人

    • 同志社女子大学 教授
    • 時雨殿 館長

    1953年、長崎県生まれ。
    國學院大學大学院修了。博士(文学)。
    専門は平安文学。王朝和歌の検証を主軸に、『百人一首』に関して和歌史・かるた・文化史と様々な角度から研究されている。
    主な著書に『百人一首への招待』(ちくま新書)、『だれも知らなかった百人一首』(ちくま文庫)、『百人一首かるたの世界』(新典社新書)などがある。

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    山本 雄吉

    • 株式会社小倉山荘 

    1951年2月生まれ。
    1951年に先代・山本國造が生菓子の製造販売『山本製菓舖』を創業。
    以後、おかき・おせんべいの製造・加工・販売を手掛ける「長岡京 小倉山荘」を設立。現在に至る。


山本
『小倉百人一首』には、日本の伝統的な四季が詠われていますね。春の桜を題材にした歌は六首ありますが、それぞれどういった詠われ方をしているのですか。
吉海
『百人一首』では桜として、八重桜と山桜が詠われています。 八重桜は伊勢大輔の一首「いにしへの 奈良の都の 八重桜…」に詠われていますね。八重桜は花びらが八重であるだけでなく、開花時期がかなり遅いことに特徴があります。また、山桜のように花びらが散らないので、やや詠われ方が異なります。それに対して山桜の場合は、満開の花を愛でるというよりも、紀友則の「ひさかたの 光のどけき…」のように、散ることを惜しむ傾向にあります。桜が散るのは止めようもない自然の摂理ですが、日本人はそこに美を感じるのでしょう。そして小野小町の「花の色は うつりにけりな…」のように、散っていく桜を我が身に置き換えて詠まれることも少なくありません。
山本
桜は、ただ満開の花の美しさを愛でるものではなかったのですね。自然の風物に自分の心情を投影させるのが、平安貴族の教養の一つだったのでしょうか。
吉海
平安時代の和歌は情景一致の手法が用いられています。つまり、自然は単なる自然ではなく、人間の心の表出ととらえているのです。入道前太政大臣(藤原公経)の「花さそふ…」の一首は、小野小町の歌を踏まえて詠まれていると私は考えています。桜を「花」と表現していますし、「我が身」と「ふる」という共通語を持っているのですから、小町の歌を本歌取り(※1)していると見て間違いありません。ただ違っているのは、美女である小町が「花の色」、つまり容色の衰えを気にしているのに対して、政治を行う立場にあった藤原公経(以下公経)は老いの嘆きを意識している点です。
山本
この歌は、スケールの大きい絵画的な歌だと思っていましたが、 奥深く鑑賞できるものなのですね。歌の内容・構成などについて、もう少し詳しく説明していただけないでしょうか。
吉海
上の句は静止画面ではなく、強風のために吹雪のように散って、庭一面に降り積もる花びらの動画を見るような光景が想像されます。「嵐の庭」という言葉は珍しい表現で、ひょっとすると公経の造語かもしれません。その美しい桜の映像が「雪ならで」の「で」(打消しの接続助詞)で否定され、続く掛詞「ふる」によってたちまち自然の「降る」から人事の「古る(経る)」へ反転し、下の句では老いの嘆きが主題になっています。見事というか、非常に巧みな構成の歌ですね。
山本
桜の散り際の美しさばかりにとらわれるのではなく、この歌の主題は、むしろ人間の老いの方にあるのですね。
吉海
おっしゃる通り、桜はきっかけにしかすぎません。桜の花びらは、公経の頭にも降りかかるでしょうから「雪」は「白髪」の比喩ともなります。例えば公経以前の時代を生きた藤原良房(※2)は「年ふれば よはひは老いぬ しかはあれど 花をし見れば 物思ひもなし」(『古今集』五十二番)と我が身の栄華を詠っています。良房は花を見れば老いの嘆きもないと肯定的に詠っていますが、公経はそれとは違って、散る花が老いの嘆きの種となると詠んでいるわけです。
山本
『どんなに栄華を極めた人も、我が身に迫りくる老いからは逃れられないという事実は、現代の我々にも通じる真理で、しみじみと考えさせられますね。
吉海
『百人一首』に関して誤解されていることですが、決して美しい歌ばかりが集められているわけではありません。 『百人一 首』が編纂されたのは定家が七十四歳の頃ですし、既に出家していましたから、定家自身老いが身につまされていたはずです。そのため『百人一首』には小町や公経以外にも、藤原興風の「誰をかも…」(※3)など、歌に老いの述懐が含まれているものも選ばれているのです。桜の花の美しさの背後に人間の営みが詠われていることに気がつくと、 『百人一首』は一層面白くなります。
《用語解說》
※1 本歌取り(ほんかどり):古歌の一節を引用して歌をつくる技法。
※2 藤原 良房(ふじわらのよしふさ/804~872年 ):藤原氏で初めて摂政の座に就き、藤原氏の栄華の基盤を築いた。
※3 『小倉百人一首』第三十四番の和歌:「誰をかも しる人にせむ 高砂の 松も昔の 友ならなくに」
歌訳:年老いた私は誰を友としたらよいのか。古い知り合いはみな亡くなり、唯一相手にできるのは高砂の老松くらいだが、その松も昔からの友人ではないのに。

取材を終えて

森羅万象、ありとあらゆる全ての事象は遷り変わるものであり、植物も動物も人も命あるもの全て、自然の摂理の中で生かされているのです。
だからこそ、今というこの瞬間を一生懸命に生きることが大切なのではないでしょうか。人は一人では生きていけません。様々な出会いや世の中との関わりの中で、想いをめぐらせながら暮らしています。
そう考えると何事も表面的なことだけに捉われるのではなく、本質に目を向けることが求められるのではないでしょうか。人との関わりの中で大切なのは、相手を我が身に置き換えて考えることでしょう。相手の立場になって、どうするべきなのかを考慮してみることです。
小倉山荘ではお客様の立場にたって、ご相談に真摯に向き合いたいと考えています。贈る側と贈られる側、双方の気持ちを大切にした菓子づくりに今後も努めて参ります。

山本雄吉