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をぐら歳時記

『琳派創成四〇〇年が伝える美意識』◆その三


琳派が創る装飾の世界

華やかで明快な色彩、滲みによる独特な色彩感覚や大胆な省略と誇張、そして装飾的な意匠。これらは琳派の伝統的な特徴といえるのではないでしょうか。
今回は、日本美術史を研究されている榊原吉郎先生に「京都に息づき、生活の中に見出される琳派」の美について、ご紹介していただきます。


琳派の美とは、“暮らしに息づく生きる喜び”

 琳派には、美術史の視点から観賞する方法と、日々の生活の中に息づく美として観賞する方法があります。それぞれの立場によって見方は異なりますが、ここでは後者の視点に基づいて「京都に息づいている琳派」、「生活の中に見出される琳派」の美についてお話しします。

 「琳派は装飾的」とよく耳にします。それは、きっと琳派の装飾性が心地よい印象を与えるからでしょう。その心地よさには、「美しく飾る」という意識が大きく働いていると思います。着飾る衣装美については、尾形光琳の生家・雁金屋(呉服商)が得意としたところで、贅を尽くした着物への執着は「京の着倒れ」という言葉を生み出しました。美しく着飾った女性を描いた近世風俗画は、まさに生きる喜びの表現であったといえます。

 それでは次に、『琳派』が『琳派』である所以として最も特徴的な「画風」についてご説明いたします。


四季を暮らしに取り入れ、彩りを持たせる

 『琳派』創設の立役者・俵屋宗達の画風を見てみると、平安時代に確立した日本風の絵画、大和絵の画風であることが、認められます。大和絵は、唐絵と呼ばれる中国絵画とは別物です。宗達は、唐絵を意識しつつも大和絵の要素を取り入れて作画し、独自の世界を生み出しています。

 唐絵には、「山水」・「人物」・「花鳥」・「走獣」という序列が存在しています。山水画は単純な風景画ではなく、人の住む宇宙を表現しています。背景には理想郷を求める意識があり、自然を超える景色が描かれます。そこには「書」から導きだした方法によって描かれた絵画があり、ありのままの自然が描かれているのではありません。山水画には、神仙世界(理想郷)へ導く方法が示されているのです。それに対して大和絵は、日本各地の自然を描き出そうとしています。宇治の平等院・鳳凰堂の扉絵に、日本の四季の表情を描いた画面が遺されていることからも、そのことが分かります。また、宗達の「源氏物語関也・澪標図屏風」には、なだらかな起伏(土坡)に囲まれた牛車や人物などが配置されていますが、この和らぎの画面は神仙世界ではなく、源氏物語の世界へと私たちを誘います。柔らかな曲線を描く土坡は、装飾化された自然を作画しており、雅な王朝文化を求めた琳派を象徴しています。

 唐絵の人物画は聖人賢君が主題であり、庶民に視線が向けられることが少ない一方、大和絵には庶民の生活が描かれます。宗達も醍醐寺の扇面屏風に曳舟をする庶民の姿を遺しています。また、唐絵の花鳥・走獣と、宗達が養源院に遺した象や唐獅子の姿は、明らかに異なります。宗達の絵は、日本の自然風土が生み出した造形美であり、そこには「生活を豊かに彩る」という意識が明確に現れ、唐絵との相違が見受けられます。


偶然の装飾性が創りだす琳派独自の飾り

 宗達の水墨画「牛図」「犬図」には、「たらし込み(滲み)」の技法があり、中国の水墨画とは別世界を創りだしています。淡墨が乾かない間にその上へ濃墨を落とすと、表面張力の影響を受けて、思いがけない形象が創りだされていきます。宗達や光琳など琳派の作家は、その効果を巧みに利用しました。そこには、思いもよらない偶然の装飾性が出現し、作家のねらいを超えた表現が誕生しています。この自然な装飾意識が継承され、光琳は水の流れをことさら誇張することなく、無意識といってもよいほど自由な筆使いで文様化しています。つまり、我意を通すことなく、すんなりと事を運ぶ「すい」とされる慣習を身に付けていたのが光琳であり、京の庶民はその文様を「光琳波」として受容し、愛用したといえます。

 京都の庶民はかつて、琳派の作風を、親しみを込めて「光琳さん」と呼びました。生活に寄り添う美として愛されてきた『琳派』に、庶民感覚が深く息づいていることは言うまでもありません。現代の私たちが『琳派』に愛着を感じるのも、こういった背景があるからではないでしょうか。


琳派と小倉山荘のデザイン

 小倉山荘では、装飾性の高いデザインを目指して、包装紙や個包装に琳派の手法を取り入れた表現を用いています。例えば、『定家の月』の包装紙は秋の風情を描くも、構図の上下に帯のような部分を加えることにより、あたかも一幅の掛け軸であるかのような表現を目指しました。

 和歌は、季節と人の心をうつし取り表現します。琳派の意匠も季節の移ろいをうつし取り、それを暮らしの中で楽しもうと、美術・工芸・建築・庭園から衣装に至るまで、広範囲にわたって庶民の間にも広まっていきました。琳派における意匠の大きなテーマは「装飾美」です。それは、伝統様式とモダンの響き合いなのかもしれません。また、王朝文化と町衆文化が響き合うことで、洗練された美意識が生まれたのではないでしょうか。

 小倉山荘の願いも「響き合い」です。自分ひとりだけでなく、周りの人たちへの感謝を忘れず、共に幸せに生きることを願う心を大切にしたい。もちろん、環境への配慮や社会貢献も忘れず、地球という家族の一員らしい“響き合い(調和)”を目指していきたいと考えています。