読み物

をぐら歳時記

『歳時記の起こりと室礼』◆その二


伝承されてきた夏の行事とお菓子

神話から始まり、新暦に移った現代まで連綿と続く伝統行事の一つ「夏越の祓」。その行事に関連して行われる“茅の輪くぐり”と“水無月をいただく”風習は、半年に一度の厄祓いや厄除けといった節目の行事です。今回は、室礼研究家の山本三千子先生に、この風習に込められた想いについてご紹介していただきます。かんたんにできる室礼の例も掲載しておりますので、ぜひ一度、お試しくださいませ。


穢れを落とすためのお祓いの一つ
「夏越の祓」

 陰暦(旧暦)と太陽暦(新暦)では、およそひと月のずれがあります。太陽暦を採用している現代では、夏といえば六月頃から八月くらいをイメージする方が多いのではないでしょうか。これを旧暦をベースとした二十四節気に当てはめると、農作物の植え付けがはじまる「芒種」(六月五日、二〇一六年の例、以下同じ)、最も昼の長い「夏至」(六月二十一日)、暑さが極まっていく「小暑」(七月七日)・「大暑」(七月二十二日)、秋のはじまりの「立秋」(八月七日)、暑さが後退する「処暑」(八月二十三日)となります。

 旧暦の考え方では夏至を過ぎると本格的な夏がスタートしますが、この時期の大きな行事として、「夏越の祓(水無月の祓)」があります。「祓」とは、身に憑いた穢れを落とすことです。人間は生きていると、つい邪な考えを抱いたり、知らないうちに神や精霊の聖域にふみ込んだり、疫病神にとり憑かれたりするもの・・・と、古の人びとは考えました。そこで、知らぬ間に憑いた穢れを落とすために、年が改まる大晦日の晩には「大祓」、一年の半分を終えた六月の終わりには「夏越の祓」と、定期的にお祓いを行いました。本来、「夏越の祓」は、旧暦六月三十日(旧暦では、夏の終わりのころを表す)の行事ですが、今日では、新暦六月三十日に行う神社が多いようです。


感謝と願いが込められた
「茅の輪くぐり」

 科学の発達した現代でも、夏は熱中症や食中毒をおこしやすい時期。まして、近代以前ではなおのこと、体調を崩しやすい季節でした。故に「夏越の祓」には、古人の「よくぞこの夏を乗り切ったものだ」という感謝と、「一年の残り半分を無事に過ごしたい」という願いが込められています。

 「夏越の祓」のなかでも代表的なお祓いが「茅の輪くぐり」です。この時期に神社に参拝すると、しばしば茅という植物でつくられた大きな輪に遭遇します。この輪に左足から踏み入れて順番に、左まわり、右まわり、左まわりと、∞の形を描くように三度まわります。

 この時「水無月の 夏越の祓 する人は 千歳の命延ぶというなり」という和歌を唱えるのが決まりごとですが、地方や神社によって多少作法が異なることもあります。この風習はそもそも、旅人に身を窶したスサノオノミコトを親切にもてなした蘇民将来という人の子孫が、「茅の輪を腰につければ難を免れる」と教えられ、危難を脱したという『備後国風土記』所収の伝説に基づくものといわれています。


厄祓いや厄除けのために
「水無月」をいただく習慣

 この他にも紙や藁、板などで拵えた人形に名前や年齢を書いて形代(人形)とし、身体を撫でるなどして穢れを移して焼いたり、川に流したりする行事もあります。またこの時期、京都では古くから厄祓いや厄除けのために「水無月」というお菓子をいただく習慣があります。

 「水無月」とは、白い外郎に小豆を載せた目にも涼やかな和菓子です。その昔宮中では、旧暦六月一日に山奥の氷室に保存しておいた氷を食べる「氷室の節会」という行事がありました。この日に氷をいただくと、夏負けしないと信じられていたのです。暑さの盛りに冷たい氷をいただいたら、どんなに美味しかったことでしょう。とはいえ、氷は大変貴重だったため、一般の人々は三角形の外郎を氷に見立て、魔除けの力があると信じられてきた小豆を添えて、「夏越の祓」に食べました。小豆は赤色ということもあり、特別な食材として生活に浸透していました。赤色のものにはパワーがあり、これを取り込めれば悪しき物に打ち勝つという信仰は、巫女さんが身につける緋袴にも通じています。

■かんたんにできる 室礼アドバイス■
小さな「茅の輪」を手作りしてかざりましょう
 「夏越の祓」の蘇民将来の物語に由来して、小さな「茅の輪」を作り、家の大切な場所に飾る室礼があります。この時、縁起をかつぐつもりで神社の「茅の輪」から茅を失敬し、これを作る人もあると聞きますが、他人が穢れを移した茅など持ち帰っては、かえって災いを招きかねないともいい、一概にはお勧めできません。新しい茅を入手して、清々しい茅の輪飾りをつくってみましょう。
<準備するもの>
茅15~20本ほど/和紙・こより
<作り方>
①茅を何重かにして、芯になるように直径10~12cm程度の輪を作ります。
②そこに螺旋状にぐるぐると茅を巻いていきます。この時、なるべく柔らかくて、しなる茅を使いましょう。
③輪が出来たら、そこに「蘇民将来子孫也」と記された「ひねり守(こより)」を付けて完成です。出来上がった茅の輪は、玄関や神棚などに飾っておきましょう。
※「ひねり守」は、地域によりますが神社の社務所などで販売されることもあります。