をぐら歳時記
『歳時記の起こりと室礼』◆その三
感謝の心が反映されたお月見
はるか昔から、農作の守護神として崇められてきたお月様。愛でるだけでなく、恵みに感謝する日でもあったお月見の風習。現在では、収穫への感謝の意識は薄れてしまいましたが、その心を思い起こしながら観月したいものです。今回は、室礼研究家の山本三千子先生に、この風習に込められた想いについてご紹介していただきます。かんたんにできる室礼の例も掲載しておりますので、ぜひ一度、取り入れてみてくださいませ。
豊作を祈念し、円満さを願った
「中秋の名月」
太陽暦で秋といえば、九月から十月頃ですが、陰暦をベースとした「二十四節気」では、秋の気配が漂う「白露」(九月七日)、昼夜の時間が等しい「秋分」(九月二十二日)、朝夕の寒気で山野に露が宿る「寒露」(十月八日)、霜が降る「霜降」(十月二十三日)などが相当します。この間に行われる大切な行事の一つに、「お月見」があります。
旧暦八月十五日(※)の満月の晩に月を愛でる「中秋の名月」(十五夜)は、ただ綺麗なお月様を眺めるというだけではありません。お団子をつくり、旬の野菜や果物を飾り、すすきをしつらえることには、とても深い意味があるのです。旬の野菜や果物を飾ることから窺えるのは、秋の収穫期を控えた時季に豊作を祈念する意識が濃厚であったということです。お団子は、重要なお供え物です。その白さや丸さは、円満さの象徴であり、満月そのものをかたどっています。また、一説にお団子は、稲作以前に主食的位置づけにあった芋(現代の里芋に近いもの)を使って、豊作を祈念した風習の名残ともいわれています。
※二〇一六年は太陽暦九月十五日が十五夜。
永々継承されてきた
収穫祈年祭としての「十五夜」
「お月見」は、そもそも芋の豊作を願う祭であったといわれています。弥生時代以降、日本人が米を主食とするようになってからも、かつて捧げていた芋の丸い形状をかたどり、米をお団子にしつらえたというわけです。そういったことで十五夜のお月見は、「芋名月」とも呼ばれています。今でも、お団子の代わりに里芋や小芋を、皮ごと茹でたり蒸したりした「衣かつぎ」を供える地域もあります。お月見は縄文時代以来、日本人が永々継承してきた大変親しみ深い行事といえるでしょう。
その観点から、すすきをお供えする意味合いを考えてみますと、自然に理解できます。
すすきは、月の神様(多くの場合、月読命)の依代。依代とは、お祀りの際に神様が宿る座のことで、そこには生命力に溢れた植物を用いるのが一般的です。
十五夜は「収穫を祈念する祭」ですから、稲作以後は稲を依代とするべきといえます。しかし、祀りが行われるのは稲作以前の芋基準による太陽暦の九月十五日頃で、その時期には稲を使えない地域が多かったために、稲穂にかたちが似ているすすきで代用したのでは、と考えられています。
感謝しない心を戒める「片月見」
中国などにも十五夜の月を愛でる風習がありますが、日本の「お月見」は、十五夜ばかりではありません。旧暦九月十三日(※)に十三夜の月を鑑賞する「後の月」という風習は、わが国独特のものといわれています。この頃に旬をむかえる栗や豆をお供えすることから、別名を「栗名月」「豆名月」ともいいます。
面白いのは、十五夜、十三夜のどちらか一方だけお月見することを「片月見」といい、とても嫌う傾向があったことです。そのため、十五夜にお月見を催した家は、十三夜にも同じお客様をお招きして、おもてなしをしたようです。お月見には、一年間で最も実り豊かな収穫期に、人々がコミュニケーションを深める側面もあったということが窺えます。また十三夜は、時期的に「収穫に感謝する祭」の意味合いが濃厚です。つまり片月見の禁忌には、お願いごとばかりで、感謝しないことを戒める、という意味合いもあったかもしれませんね。
※二〇一六年は太陽暦十月十三日が十三夜。
- ■かんたんにできる 室礼アドバイス■
- お供え物を飾って、お月見を楽しんでみませんか
- お月見の室礼は、平安時代に中国の風習に倣って催された「観月の宴」の影響なども受けつつ、洗練されてきました。といっても室礼に、難しい決まりごとがあるわけではありません。
- まずは、お月様の位置を確認し、しつらえる場所を決めましょう。そして、そこに飾り台を置きます。飾り台がなければ、お盆でも構いません。お月様から見て左側が上座とされていますので、飾り台の上座から「すすき」「野菜や果物」「お団子」と並べていきます。お団子を盛る三宝がなければ、お皿に半紙など清潔な紙を敷いて用いてもよいでしょう。
- この室礼は小さなスペースにもまとまりやすいので、マンションなどでも充分楽しめます。
- お団子の数は、一般的に十五夜に十五個、十三夜に十三個などといわれています。
- 今年のお月見は、少し傾向を凝らしてお供え物を飾り、自然の恵みに感謝してみませんか。