をぐら歳時記
小倉百人一首をひもとく
『小倉百人一首』を通じて書に親しむ◆その四
文を補って心を伝える美しい料紙
私たち日本人は、日本特有の自然美から豊かな感性を享受し、和の文化を育んできました。今回は、かな書法を専門分野とされている京都橘大学の橋本先生に、日本人の美意識の背景から美しい料紙のさまざまな種類について、ご紹介していただきます。
自然によって育まれた日本人の感性
昨今、日本独特の「和の心」が世界から注目されています。刻々と変化する自然を受け入れ、寄りそうように生きてきた日本人は、真っ赤な紅葉に秋の訪れを、真っ白な雪に冬を感じる感性をごく自然に身につけてきました。
四季の移り変わりを、身の周りの色彩の微妙な変化によって感じ取る、この日本人の素晴らしい感性は、さまざまな和の文化に遺憾なく発揮されています。日本の四季にはそれぞれの季節にふさわしい色があり、日本人の色に対する敏感さや神秘性は、季節の移ろいによって日常的に育まれてきたのでしょう。
自然の美を取り入れて装飾性に富んだ料紙
「文(消息・手紙)」についても、その筆跡と共に用いられている料紙の色や紙質、結び添えられる折り枝、そして届けるタイミングなどが、いかに時宜を得たものであるかが問われます。受け取った人は、それによって相手の人柄や教養などを推し量るのです。
「文」に使用される料紙は、「文」の内容とその場面にふさわしい紙が選ばれます。当時、最高級品とされ、宮中の紙屋院(製紙所)で漉かれた雁紙が主の薄手で艶のある斐紙に対して、清少納言が愛した陸奥国紙(※1)は、楮が主の白くぽってりとした紙だといわれています。それとは別に、中国から伝来した具引き雲母文様摺りの美しい「舶載(外国から船で運ばれた)の唐紙」や、これを模した「和紙の唐紙」がありました。雲母(※2)文様摺りの唐紙は、「具引き」という胡粉(貝の粉)を塗る工程を経た和紙に、雲母を混ぜた絵の具を塗った版木から、文様を摺り写して作った装飾紙のことです。
後々、日本ならではの優美な、「かな」文字などと融合する日本独自の美意識の中で進化した料紙が生まれ、最盛を極めます。墨流し(※3)・砂子(※4)・切箔(※5)・野毛(※6)・継紙(※7)・下絵(※8)・染紙(※9)・飛び雲などと、さまざまな自然の美を取り込んだその装飾性は見事です。
余韻を醸成してくれる装飾紙
山部赤人の『小倉百人一首』(第四番)は、霊峰富士の神々しいばかりの美しさと、それに対する感動を詠った和歌です。この歌が印象深く感じられるのは、「雪はふりつつ」と余情を残しているからでしょう。装飾紙もまた、和歌や文に書かれた内容をより際立たせたり、心に残って消えない余韻を醸しだしてくれます。つまり、直接言葉としては表現されていない部分をほのめかし、補ってくれる役割を担ってくれているといえます。
昨今、携帯電話やパソコンによるメールでのやり取りが当たり前になり、手書きの便りが珍しくなりました。しかし、手書きの文字からは、思わずその方の人となりや書いているときの思いなどが感じられ受け取り側は嬉しいものです。料紙は、書道用品や和紙の専門店などで販売されていますので、紙や色彩にも心を配り、季節の便りや年賀状などを手書きで書いてみてはいかがでしょう。
- 《用語解説》
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※1 陸奥国紙(みちのくにがみ)
東北で漉かれた上質の和紙の一種で、技工を施さない素朴な厚手の紙。平安時代には、「清少納言」や「紫式部」などの女流文学者が愛好したとされる。 -
※2 雲母(きら)
平らに薄くはがすことができるキラキラ光る鉱物で、「うんも」「きらら」とも呼ばれる。 -
※3 墨流し(すみながし)
水面に墨を浮かべて和紙に文様を写し取ったもの。 -
※4 砂子(すなご)
金銀の箔を細かく粉にして振ったもの。箔が砂のように見えることから、この名がつく。 -
※5 切箔(きりはく)
金銀の箔を正方形に切って、散らしたもの。 -
※6 野毛(のげ)
厚箔を細長く切って、撒いたもので、箔加工の中で最も繊細な装飾法 -
※7 継紙(つぎがみ)
料紙を直線に切って継ぎ、一枚に仕立てる「切り継ぎ」。同系色の和紙を濃い色から徐々に薄くなっていくように色合いを五枚重ねにして順に少しずつずらして糊で継ぐ「重ね継ぎ」。山のような形などにデザインして破った料紙同士を継ぎ合わせた「破り継ぎ」がある。 -
※8 下絵(したえ)
料紙に絵を描き込むこと。図柄の種類は、植物の折り枝・蝶・鳥などさまざま。 -
※9 染紙(そめがみ)
紙を染めたもので、染料液に原紙を浸して染める「浸け染め」。染料や顔料を刷毛に含ませて塗る「引き染め」。紙の原料に染料を混ぜてから漉く「漉き染め」などがある。「飛び雲」もその一種。