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をぐら歳時記

日本の心を映す冬の儀礼・お正月行事

『自然との絆 日本のこころを訪ねる』◆その四


家内安全を願い、安らかな
新しい年の到来を祈る

 日本には、季節の移り変わりに寄り添うように様々な営みがあります。四季毎の神事や祭事、節供、伝統行事など、そこには豊かな季節感が凝縮されています。中でもお正月は自然信仰や祖霊信仰といった日本の心を色濃く映した年始儀礼です。寒さの厳しい中、安らかな新しい年の到来を祈り、清々しい心で迎える年の始め・・・。今回はそんな日本のお正月行事を中心に冬の神事・祭事について、日本民俗学会会員・旅の文化研究所所長 神崎宣武さんにうかがいました。


「正月事始め」お正月準備は
十二月半ばから開始

 お正月行事というと、今日では初詣や大晦日が話題になることが多いのですが、かつては「正月事始め」として、十二月の半ば十三日あたりが新年を迎える準備をスタートする日とされていました。その理由は正月事始めが単に人々が新年を迎えるためだけではなく、家ごとに歳神様をお迎えするため、煤払い、酒造り、鏡餅作り、帳面締めなど、様々な準備をする時間を必要としたからです。

 また、十二月十三日は鬼宿日とされ、婚礼以外ならばすべてのことをするのによい日といわれていました。そのため、神様を迎える準備を始めるのにも十三日が佳日となったといわれています。江戸時代、十二月十三日を御用納めとしていた徳川幕府は、この日に神棚などの掃除を行ったとされ、それが庶民にも伝わり、十二月十三日が正月事始めの習慣となったとも伝えられています。


循環する生命を祖霊、穀霊に託して

 農村人口が圧倒的多数を占めた近世・近代において、人間の生命と穀物の生命は相等しく循環するものとも考えられていました。人が亡くなると、その魂はこの世から離れ、常世の神になります。この神が春は里に降りて田の神になり、秋の収穫を見守ってくれます。またお正月には歳神となって降り、子孫の繁栄を見守ってくれると、伝えられています。この歳神様(お正月さま、歳徳さんと呼ぶ地方もある)の来臨の風習が、都市人口が多数を占めるようになった現代も日本の伝統、お正月行事として伝わっているのです。


歳神様を迎える門松、注連縄

 門松、注連縄、鏡餅。これらは新しい年を司る歳神様の依代とされるものです。歳神様が家に入る際にこれを目標とする、あるいは仮宿とします。清々しく浄められた神聖な場所の、一種の標識といえるものです。

 松は、常緑樹で伐った後も日もちがよく、古式では、年男が明きの方(恵方)の山から松を伐ってきて飾る「松迎え」という儀礼もあり、彼方の聖地(山)を代表する清浄なしるしでもあったのです。注連縄もまた、左縄といって撚りが逆目で綯われており、これは逆手を使って作業をすることの難しさを行とみなし、それによってつくられたものを、潔斎して丁寧に綯った特別な縄として尊んだと思われます。不浄や悪霊の侵入を防ぐ、魔除けの役割もあったといえます。


 

丸い形で歳神様の依代となる鏡餅

 鏡餅も歳神様の依代としてお正月行事を司ります。一般に、日本の祭礼では御飯、御酒、御餅といったお米の加工品が最上位に供えられます。お正月の鏡餅は、その象徴といえるものです。ちなみに秋に収穫した新しいお米、新年を迎える若水などで酒造りもかつては各家で行われていました。

 鏡餅は、その形状が丸いことに意味があります。のし餅(角餅)が東日本各地に広がるなかでも、鏡餅に限ってはすべて丸餅なのです。一説には、心臓に見立てているともいわれています。新しい年へ向けた生命力の更新を願うかたちとして整えられたものに違いありません。


御魂分けとしてのお年玉、お雑煮

 お正月に欠かせないものに「お年玉」がありますが、これは歳魂(年玉)として丸餅を家族ひとりひとりに贈る「歳神様からの分配-御魂分け」という意味が原形だといえます。

 お雑煮も同様に、餅に歳神様の御魂を分け授けてもらい、福寿を願って食べるものです。

 その地方でとれる季節の野菜や魚介類など雑多なものが具として用いられるお雑煮ですが、やはり餅が主役のお正月ならではの料理といえます。


若火迎え、若水迎え、
さまざまなお正月習俗

 新年の行事として、大晦日には、福茶や雑煮をつくる竈の火を焚くための神聖な火を迎える「若火迎え」、さらに元旦の暁時、井戸や川から新年の料理などに使う清浄な水を汲んでくる「若水迎え・若水汲み・若水祝い」といった行事がありました。若火迎えの一様式として、現代でも神社の境内で日没後に篝火を焚き迎えるところがあり、京都八坂神社の「おけら火・おけら参り」はそのひとつといえます。参拝者は、おけら火を火縄に移して家に持ち帰り、灯明を灯したり、雑煮やお節料理をつくる火種としました。


新しい年の平安を祈る
あらたまりの儀式、お正月

 様々なこうしたお正月習俗は、年内安全、家内安全を願い歳神様をはじめ諸霊を迎えるあらたまりの儀礼であり、物忌の生活が始まることをあらわす行事でした。その期間は、農村部では十二月半ばから小正月とよばれる一月十五日(鏡開きの餅を焼くなどのトンド焼きが行われる)や二十日正月まで続いた、ともされます。

 新しい年へ向かい、煤払いから松迎え、年棚のしつらえ、注連縄張りなど、作法どおりに凛として行事を行うことは、いかにも気分があらたまり、家族や身近な人との絆を深めるように思えます。そこに伝統や伝承の大切さがあるのです。