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をぐら歳時記

『小倉百人一首』翻訳の挑戦

英訳を通して日本文化に出会う◆その一


英訳を通して日本文化に出会う

和歌の修辞などを踏まえ、読み札と取り札のイラストに「絵合わせ」の要素を取り入れた英語の五行詩、百人一首かるた『WHACK A WAKA(ワカワカ)百人イングリッシュ』を作成されたピーター・マクミラン氏。今回は、その翻訳を通して、苦心された点や日本人の価値観・文化等について、感じられたことを語っていただきました。


ひさかたの のどけき 春の日
  しづ心なく の散るらむ

[小倉百人一首 第三十三番 紀友則]
 

Cherry Blossoms,
on this calm, lambent
day of spring,
why do you scatter
with such unquiet hearts?
 

【大意】
日の光がのどかに照らすこの春の日に、どうして桜は慌ただしく散っていくのか。
【英単語】
○cherry Blossoms=桜  ○calm=静けさ  ○lambent=(光などが)ゆらめく
○scatter=まき散らす  ○unquiet=そわそわした

桜の花にみる文化の違い

 春のうららかな日差しの中で、桜の花が散る様子を心深く描いたとして高く評価される歌です。「ひさかたの」「光」「春の日」「花」というハ行の音の繰り返しが、やわらかく、穏やかな印象を与えています。「ひさかたの」は「光」にかかる枕詞(※1)ですが、その意味ははっきりしていません。その特別さを示すために、英訳では文語(※2)であるlambentを用いました。やわらかな輝きとともにきらめいているような、そんな素敵な意味合いの単語です。

 もうひとつのポイントが、桜の花の擬人化です。もとの歌でも「しづ心なく」というように桜の花は擬人化されていますが、英訳ではさらにひと工夫して、直接花に呼びかけるようなニュアンスを加えました。英語の文化では、親しみを込めた表現が好まれるからです。さて、この歌は百人一首の中でも秀歌との呼び声高い歌ですが、英訳ではその魅力は半減してしまいます。その理由についてご説明しましょう。

 もとの歌は春の穏やかな雰囲気をうまく捉えていますが、ほぼすべてが情景描写だけで成り立っています。これが単調な印象を与えてしまうのです。

もろともに あはれと思へ 山桜
  花よりほかに 知る人もなし

[小倉百人一首 第六十六番 前大僧正行尊]

 桜を詠った歌では上記の前大僧正行尊の和歌のほうが、より情感にあふれた美しい英詩になります。桜の花の儚さから人の心の移り変わりへの連想がはっきりと示されており、論理的な整合性が取れているからです。どちらの歌も素晴らしい歌ですが、紀友則の歌はその曖昧さゆえに英語では魅力が伝わりづらいのです。西洋では、桜の花を他の花よりも命短いものだとみる感じ方はなく、儚さの象徴だとも捉えません。多くの西洋の読書は、この歌をただ単に花だけを歌ったものと捉えて、人間界の儚さにまで及ぶものとは考えないかもしれません。

 一方、行尊の歌は明快です。自然と人間の心との対比が明確に詠まれているため、普遍的な魅力を持つ歌になっています。花に哀れみを分かつよう求めているところも、英語では大変独創的に響きます。


難波潟 みじかきの ふしのまも
  逢はでこのを すぐしてよとや

[小倉百人一首 第十九番 伊勢]
 

Like the tiny gaps between the nodes
of the reeds on Naniwa Bay,
are you saying to me
that for even the briefest time,
we should never meet again?
 

【大意】
難波潟にしげる葦の節と節の間、それほど短い時間もお会いすることなく、この一生を終えろというのですか、あなたは。
【英単語】
○between=間に  ○node=節(ふし)
○reed=葦  ○briefest time=わずかな時間

終わりのない翻訳の旅

 「葦」の縁語(※3)、「節」・「世(節)」をちりばめた技巧的な歌です。しかし、その「ほんの少しの間もあなたに会わないで、この世を過ごせというのか」という問いかけは切実で、真に迫ります。現代人でも共感できる恋の歌だと言えるでしょう。

 この歌は『伊勢集』という伊勢の私家集に収められていますが、伊勢の作ではない可能性が高いとされています。『伊勢集』には、彼女の手元にあった他人の和歌も収められているからです。伊勢は和歌史上最も優れた女性歌人の一人であり、また恋多き女性としても知られています。この個性的な恋の歌を伊勢自身が詠んだのか、あるいは伊勢が恋人から受け取った歌なのか、といったことまで想像力をふくらませると、さらに鑑賞の面白みが増すように感じられます。

 この歌の技巧姓は、英語の感覚では伝わりにくいものです。日本語では、「ふしの間」が掛詞(※4)になっており、「節と節の間の長さ」の意味であると同時に「短い時間」でもあることが、違和感なく理解できます。「間」という言葉は、空間的にも時間的にも使われるものだからです。しかし、英語にはそういった感覚はありませんから、「葦の節と節の間の長さのように短い時間」というのは、ぴんと来ないのです。翻訳は、言語によって物事の捉え方が全く異なることを教えてくれます。

 この歌の最初の英訳は、「ふしの間」に空間と時間を重ね合わせる、和歌に忠実な内容でした。しかし、その出来栄えにはずっと不満を抱いていました。そこで今回の新しい英訳では、空間的な「間」と時間的な「間」を明確に分けることにしました。

 日本の文化の複雑さを英語で伝えようとする限り、翻訳というのは終わりのない作業です。読者の皆様にも和歌の翻訳の世界の一端をお楽しみいただければ幸いです。

《用語解説》
※1枕詞(まくらことば)
修飾あるいは語調を整えるために、特定の語の前に置かれる言葉。
※2文語(ぶんご)
書き言葉、文章表現の中で用いる言葉。
※3縁語(えんご)
ある言葉に意味内容の上で関連のある言葉を使い、表現に面白みをつけること。
※4掛詞(かけことば)
同じ音を利用して、二つ以上の意味を持たせた言葉。