読み物

をぐら歳時記

『小倉百人一首』に込められた想い

想いを花鳥風月にのせて◆その三


美しさゆえに哀愁を感じる秋

『小倉百人一首』は、想いを伝えるための手法として、四季折々の趣きのある景物(花・鳥・月・紅葉など・・・)を上手く使って、気持ちをしっかりと伝える工夫がなされています。景物に作者の溢れ出る感情や気持ちを代弁させて表現してきました。
今回は、古典和歌を専門に研究されている小山順子先生に、作者の想いが、景物を通してどのように表現されているかを読み解いて紹介していただきます。


恋い慕う鹿の鳴き声に悲しみきわまる秋

 爽やかな青空が広がり、涼しい風が吹く秋は、日本人にとって心地よい季節です。厳しい陽ざしがやわらぎ、湿気に苦しめられた夏が終わると、外に出て楽しもうという気持ちになります。スポーツ・レジャー・食べ物を楽しめる季節の到来です。

 しかし古典文学では、秋は「悲秋(ひしゅう)」という言葉もあるように、もの悲しく切ない季節と捉えられてきました。もちろん昔の人々も、秋になると紅葉や草花の美しさを楽しんでいたのではありますが、そこに切なさや愁いも感じていたのです。

 秋の景物に感じるもの悲しさ・切なさについて見てゆきましょう。

 紅葉と鹿の組み合わせは、花札にも描かれています。秋を代表する組み合わせとして、日本で親しまれてきたものです。それでは、なぜ鹿が秋の景物となっているのでしょうか。

 鹿にとって秋は、恋の季節です。生物学的に言うと、発情期・繁殖期が秋なのです。秋になると、牡鹿は牝鹿を求めて鳴き声を上げます。その鳴き声は甲高く「キャー」「キー」と聞こえ、まるで女性の叫び声のようです。鹿が秋のものとされているのは、他の季節にはほとんど鳴かない牡鹿が、秋だけ鳴き声を上げるため、特に注目されたからです。

 山から聞こえる牡鹿の鳴き声は、妻となる牝鹿を求める求愛の声です。それを猿丸大夫の歌は、紅葉と組み合わせています。

奥山に もみぢふみわけ なく鹿
     声聞くときぞ 秋はかなしき

[小倉百人一首 第五番 猿丸大夫]
 

【歌意】
人里離れた奥深い山で紅葉をふみわけ、妻を求めて鳴く牡鹿の声を聞く時こそ、秋は悲しいという思いがひとしお身にしみて感じられる。

 実はこの歌は、「もみぢふみわけ」の主語、つまり紅葉を踏みしめながら歩いているのが主人公か鹿か、どちらと解釈するのかが昔から議論になってきました。結論は簡単には出せませんが、赤く染まった紅葉が、牡鹿が牝鹿を求め叫ぶ声の背景となり、悲痛な感情を呼び起こす光景を生み出しています。一見、美しく華やかな組み合わせを詠む歌が、「秋はかなしき」と結ばれるのは、奥山で牝鹿を恋い慕う牡鹿の孤独な姿と鳴き声が、秋の持つ寂しい愁いを強く実感させるものだったからです。


月に名残惜しさと待ち望む気持ちを映す

 秋を代表する景物として、次に月を取り上げます。中秋の名月は、秋の澄んだ夜空に輝く満月を指します。古典文学でも、秋の月が最も美しいというのが常識でした。

 『源氏物語』の作者である紫式部の歌です。この歌は、幼友達と久しぶりに会えたのに、束の間会っただけで、その人が帰ってしまった名残惜しさを詠んでいます。

 今、私たちが使っているグレゴリオ暦は、地球が太陽の周りを回る周期をもとにした太陽暦です。

 しかし昔の人々は、月の満ち欠けの周期をもとにした太陰暦を用いていました。一ケ月は、新月から始まり、満月を迎え、再び月が欠けてゆき新月になる、その周期で教えられました。

 月による暦で生活していた昔の人々は、月の動きや満ち欠けを、現代の私たちよりずっと繊細に観察していたでしょう。月が空を動くこと、そして満ち欠けを繰り返すことを「めぐる」と言います。時間が経てば同じようにめぐってくる月は、再会を約束する象徴でもありました。

めぐりあひて
 見しやそれとも
       わかぬまに
雲がくれにし
    夜半のかな

[小倉百人一首 第五十七番 紫式部]
 

【歌意】
めぐりあって、今見たのがその人かどうか見分けがつかない間に、雲がくれした夜半の月のように、たちまち姿を消してしまったことだ。

 紫式部の歌は「めぐりあひて」という詞で始まります。これは月の縁語(※1)ですが、この詞を使った理由はそれだけではないと思います。月がめぐるように、また会えることを待ち望んでいた幼友達にようやく会うことができた、という心情が「めぐりあひて」という詞に込められているのでしょう。しかしせっかく再会したにもかかわらず、月が雲に隠れてしまうように友達はすぐに去ってしまいました。一瞬の輝きを残して夜空の雲に隠された月と、友達の姿が重ね合わされています。もっと長く会いたかったという名残惜しさとともに、今度会えるのはいつになるだろうと待ち望む気持ちも漂っています。

《用語解説》
※1縁語(えんご)
互いに関係が深い言葉を文中に配置し、連想を働かせて表現効果を増すこと、またその言葉。