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をぐら歳時記

温故知新の技法が「本歌取り」

定家による和歌の進化をひもとく◆その一


温故知新の技法が「本歌取り」

藤原定家は、従来の和歌の形式を次々と新たなものにしていった和歌世界における改革者でした。ここでは、定家が実際に行った革新的な手法にスポットを当てて和歌の進化について紹介していきます。

古典和歌を専門に研究されている小山順子先生に、定家が和歌世界に起こした四つの「新たなる風」の中から、春号では「本歌取り」についてその背景を含めて語っていただきます。


伝統的な雅と新しさの両立、「本歌取り」

 和歌は神代(※1)に起源を持ち、奈良時代末に編まれた『万葉集』を経て、平安時代に入り、九〇五年には最初の勅撰和歌集(※2)『古今和歌集』が成立しました。

 定家の生きた時代は、『古今和歌集』成立から約三〇〇年後です。この頃にはすでに、和歌に目ぼしい詞やアイデアは詠み尽くされ、新しい和歌を生み出すのは至難の業だと考えられていました。しかし誰も詠んだことのないような珍しさ・目新しさを狙うばかりでは、雅であるべき和歌の本質から離れてしまいます。

 伝統に則った雅と新しさの両立という難しい課題を乗り越える上で、定家が推進したのが本歌取りという技法でした。本歌取りとは、古い和歌や物語から詞を抜き出し、自分の和歌に用いるものです。このように説明すると、真似や盗用のように思えるかもしれませんが、引用した詞の一部から「ああ、この歌はあの歌(物語)を使っているのだな」と読者に思い起こさせ、古い和歌や物語の内容を二重写しにする工夫された技法なのです。


【本歌取り】
来ぬ人を 松帆の浦の 夕凪に
     焼くや藻塩の 身も焦がれつつ

[小倉百人一首 第九十七番 権中納言定家]
 

【歌意】
来ない人を待って、松帆の浦の夕凪の海辺に焼く藻塩のように恋焦がれています。

【本歌】
名寸隅の 船瀬ゆ見ゆる 淡路嶋 松帆の浦に 朝なぎに
玉藻刈りつつ 夕なぎに 藻塩焼きつつ 海未通女 ありとは聞けど
見にゆかむ よしの無ければ 大夫の 情はなしに 手弱女の
念ひたわみて たもとほり 吾はぞ恋ふる 船梶をなみ

[万葉集 巻六 九三五 雑歌 笠 金村]
 

【歌意】
播磨国の名寸隅の舟着き場から見える淡路島の松帆の浦で、朝凪の時に美しい藻を刈り、夕凪の時に藻塩を焼く海人おとめがいると聞くが、見に行くすべもないので、男らしい立派な心も無く、なよやかな女性のような思いにしおれて、行ったり来たりすることだ、舟も梶も無く。

古歌に重ねて、「三十一文字」以上に語る

 本歌取りを効果的に使ったのが、定家が『百人一首』に自撰した上記の歌です。

 松帆の浦とは、淡路島の北端の海岸で、明石海峡を挟んで明石と対峙する地です。その松帆の浦を舞台にして、来ない恋人を待ち焦がれる激しい恋心を詠んでいます。

 さて定家の歌は、一首だけで見ても意味はわかるのですが、本歌があることに気づくと、様々なことが読み取れる仕掛けになっています。

 本歌は明石の海岸から淡路島の松帆の浦にいる乙女を想像するが、会いたいけれど会えず、恋しい想いを抑えかねてうろうろと歩き回っている、という内容です。

 松帆の浦は、笠金村が長歌に詠んだ後、定家が再び使うまで忘れ去られていた歌枕(※3)でした。だからこそ読者は、松帆の浦という地名が登場すれば、定家が笠金村の歌を本歌としたということに気付き、気持ちを寄せることができます。

 定家は笠金村の長歌を本歌として、明石にいる男が恋する相手の松帆の浦の海人おとめの立場から歌を詠みました。海人おとめは、明石にいる男を待ちながら、夕凪の時間に藻塩を焼いています。それは海辺に住む人々が営む生活の一コマであり、製塩の風景ですが、藻塩を焼く火は恋焦がれる想いの象徴でもあります。波も風も止まった夕凪の時間帯に、風になびくこともなく燃える炎と立ち上る煙は、動きが無いだけに、静かだけれど激しく燃え上がる恋心を連想させます。

 定家の歌だけを見ても、来ない恋人を待ち続ける恋歌だということはわかります。けれども、本歌と合わせて見てみると、本歌と対をなすように、海を挟んで会えない恋人同士が互いに激しい恋心を訴えている様が浮かび上がってくるのです。男は「見にゆかむ よしの無ければ」と詠み、女は「来ぬ人を(待つ)」と詠む。男が女を思って明石の海岸を歩き回っている時、女は藻塩を焼きながら自分を焦がす恋心を感じている。明石海峡を挟んだ男と女の恋のドラマを作っているのです。

 古歌を二重写しにすることで、三十一文字で表現できる以上の内容を込めることができる。古歌に詠まれた内容を違う視点から捉えなおすことができる。そうしたところから新しさを生み出そうとする温故知新の技法が本歌取りなのです。

《用語解説》
※1神代(かみよ)
日本神話(古事記・日本書紀)において、神々が支配していた時代。
※2勅撰和歌集(ちょくせんわかしゅう)
天皇や上皇の命により編纂された歌集。
※3歌枕(うたまくら)
古くから和歌に詠まれている名所・旧跡で、特定のイメージを持っている言葉。