読み物

をぐら歳時記

「たしなみ」の遊戯◆其の一 

美しき貝に込められたメッセージ


 平安貴族にとって遊戯は、単なる楽しみというだけでなく、競い合いであり、人間関係であり、たしなみや教養の一つでもありました。ここでは、貴族の遊戯にスポットを当て、その本質や内容とともに様々な逸話について紹介していきます。

 古典和歌を専門に研究されている小山順子先生に、平安貴族の遊戯の中から、春号では「貝合わせ」と混同されがちな「貝覆い」について、語っていただきます。


美しさだけでなく、夫婦円満の象徴

 「貝覆い」とは、室内で行う遊びの一つで、平安時代末期から始まったものです。「貝覆い」は、二枚貝である蛤の殻を二つに外して一枚ずつ使います。蛤は、もともと対になっている貝以外とは合わず、隙間ができてしまいます。 そこで、対になる貝を探して合わせるのです。「貝覆い」は、まず地貝を伏せて、中央から同心円状に並べます。そして、中央に一枚の出貝を伏せて出し、対になる地貝を探し出して、 二枚の貝殻を掌の中で合わせ、ぴったりと合わさるかどうかを確かめます。最も多く、対になる地貝を探し出せた人が勝者になります。

 後に、どの貝が対であるかをわかりやすくするために、対になる貝の内側に同じ絵を描くようになりました。そうすると、貝を手に取り、内側を確認したときに美しい絵が表れます。もともとは 地紋・形・大きさで対になる貝を探す遊びでしたが、絵が描かれるようになると、トランプの神経衰弱のような性質も帯びて楽しむことができました。
 女性の手にも収まる大きさの蛤の貝殻を使い室内で行われる「貝覆い」は、女性の遊びとして江戸時代まで続きました。多くの貝の中で、地紋・ 形・大きさから対になる貝を探すのですから、集中力や注意力が問われます。何度も間違えることは恥ずかしいことであり、遊びだけでなく集中力・ 注意力を鍛える訓練の性質も持っていました。
 珍しい貝・美しい貝を見せ合って競う「貝合わせ」 も平安時代からあり、「貝覆い」は「貝合わせ」と混同されることもありますが、江戸時代まで続いたのは「貝覆い」の方です。
 女性が遊び、貝の内側に美しい絵が描かれて、豪華な貝桶に入った「貝覆い」のセットは、花嫁道具の定番でもありました。それは、見た目が美しいからだけではありません。対になる貝でないとぴったりと合わさらない蛤は、夫婦仲が円満であることの象徴でもあったからです。


揺れ動く思慕の情を和歌に託して

 さて、貝を詠んだ和歌を見てみると、恋歌が多く見られます。「小倉百人一首」四十三番の作者、 藤原敦忠も伊勢の貝を用いた和歌を詠んでいます。
 敦忠は醍醐天皇 皇女の雅子内親王に想いを寄せていましたが、内親王は伊勢神宮の斎王※1に決定してしまいます。 斎王は未婚でなくてはならないため、敦忠の恋が叶えられる可能性はなくなってしまいました。そこで、斎王に決定した翌朝、榊の枝に和歌を付け、内親王の目に触れるように置いておいた和歌です。

詞書※2

 西四条の斎宮※3、まだみこにものし給ひし時、心ざしありて思ふ事侍りける間に、斎宮に定まり給ひにければ、その明くる朝に賢木の枝にさして、さし置かせ侍りける

 

伊勢の海の 
 千尋の浜に 拾ふとも
今は何てふ
   かひかあるべき 

(『後撰和歌集』 恋五・九二七)
 

 【歌意】伊勢の海まで行って、果てしなく広い浜で貝を拾うとしても、今となってはどのような貝があるでしょうか。 あなたが伊勢神宮の斎王にお決まりになった今は、何の甲斐もなくなってしまいました。

 雅子内親王が伊勢の斎王になったことを踏まえ、伊勢の二見浦が貝の産出地であることを重ね合わせて、「広い海浜を探しても求める貝はない、もはや長年恋し続けた甲斐はなくなった」と嘆いたのです。和歌を付けた榊は、神木であり、俗世間と神域を隔てる木ですから、今後、内親王が身を置く伊勢神宮を象徴するとともに、色を変えない常緑樹であることに重ねて、自分は心変わりすることはないと訴えてもいます。


貝を詠む歌の多くは、悲恋の和歌

 実は貝を詠む恋歌は、敦忠の歌のように報われない悲しい恋心を詠むものが多いのです。敦忠のように「貝」と「甲斐」を掛詞※4として「甲斐がない」と詠むことが定番です。また、実の抜けた貝殻は「うつせ貝」と呼ばれ、実がない・虚しいことの象徴として用いられます。切り離されて一枚だけになった貝殻は「忘れ貝」と呼ばれ、恋を忘れるために拾うものと詠まれました。鮑のような貝(一枚貝に見えますが、実際は巻貝の一種)は、対になる貝がないことから片思いの象徴になります。

 蛤および「貝覆い」は、夫婦仲の良いことを言祝ぐものだったのですが、その一方で、貝を詠んだ和歌は、恋が順調に進まないことを詠む題材であるのが面白いところです。

《用語解説》
※1斎王(さいおう)
天皇の名代としての役職名で、天皇に代わって伊勢神宮の天照大神に仕えるために選ばれた未婚の皇族女性。
※2詞書(ことばがき)
和歌集に記載されている、和歌が詠まれた状況・日時・歌題などを示す説明文。
※3斎宮(さいぐう)
斎宮とは、本来、斎王の御殿(御所)のこと。ここでは、斎宮に住む斎王自身のことをさす。
※斎宮は、「さいくう」「いつきのみや」とも読まれる。
※4掛詞(かけことば)
同じ音を利用して、二つ以上の意味を持たせた言葉。