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をぐら歳時記

「たしなみ」の遊戯◆其の二 

管絃は、繋がりを生み出すツール


 平安貴族にとって遊戯は、単なる楽しみというだけでなく、競い合いであり、人間関係であり、たしなみや教養の一つでもありました。ここでは、貴族の遊戯にスポットを当て、その本質や内容とともに様々な逸話について紹介していきます。

 古典和歌を専門に研究されている小山順子先生に、平安貴族の遊戯の中から、夏号では貴族にとって必須ともいえる教養の一つ「管絃」について、語っていただきます。


神仏を楽しませ、奉納するための演奏

 現代日本語で「遊ぶ」というと、「公」や「仕事」とは別の領域で、気持ちにゆとりを持って自分のしたいことを楽しむこと、≪非生産的な楽しみ≫という意味がまず思い浮かびます。しかし古語の「遊ぶ」を調べると、「詩歌・管絃・舞などを楽しむ」という意味を持つことがわかります。

 では、なぜ詩歌・管絃・舞などが、「遊ぶ」という言葉で表されるのでしょうか。『日本国語大辞典』によると、「日常性などの基準からの遊離」が「遊ぶ」のもともとの意味であったのではないかということです。つまり、宗教的行事の場や宴席など、非日常な場で行われるものは「遊び」と表現されたということでしょう。音楽や舞は、個人の趣味にとどまるものではなく、神仏に奉納される、つまり、神仏を楽しませるためにも演奏されます。現代でも、京都市北区にある平野神社では「名月祭」で管絃の演奏を神に奉納しています。


遊びは教養であり、社交術の一つ

 王朝貴族たちにとって詩歌・管絃・舞の「遊び」は、宮廷での社交を円滑に進めるために必須であり、教養として身につけなければなりませんでした。管絃とは、横笛・笙などの管楽器と、琴・琵琶などの絃楽器の合奏をいいます。男性も女性も、教養として音楽を演奏できることが必要でした(ただし、基本的に女性は管楽器を演奏しません)。『小倉百人一首』の作者には、管絃の名手だったと伝えられる人物が何人もいます。

 中でも有名な逸話を持つのが、五十五番の作者である藤原公任です。藤原道長が大堰川で船遊びをした時、漢詩の船・管絃の船・和歌の船と三つに分け、それぞれの名手を船に乗せました。この時、公任が参加していたので、道長は公任に「どの船にお乗りになるのか」と問いました。公任は「和歌の船に乗りましょう」と言い、和歌の船に乗って歌を詠みました。道長がわざわざ問いかけたということで、公任がどの船にでも乗ることができる、漢詩・管絃・和歌のいずれにも長じた人物だったことがわかります。この逸話によって、漢詩・管絃・和歌のすべてを得意とする人は、「三舟の才」と呼ばれることになりました。

 ちなみに、大堰川での船遊びの折ではありませんが、公任は下のような和歌を詠んでいます。宮中で、管絃の演奏をすることがありました。かつて同じように宮中で管絃の演奏をした人が殿上(清涼殿)から下りて、再び昇殿※1しない(またはできない)立場になっていたため、その人を思って詠んだ歌です。「笛の音は、ああ、昔に似ているけれども、あの人に会うことがないのは、なんとも甲斐のないことだなあ」という意味です。
 「あふこと」は、人に「会う事」と、自分の笛の音に「合う琴」の掛詞※2になっていると解釈できます。公任が「自分に合わせる琴の音」と言うからには、その人は公任の笛と拮抗するほどの琴の名手であったのでしょう。かつては共に技量を競い合い、宮中で合奏を楽しんだ仲間のことを思い出し、彼の不在を寂しく思ったのでした。音楽によって結ばれた友情、とでもいったものを感じさせる歌です。

詞書※3

 殿上にて琴弾き笛吹き遊び給ひて、同じごと遊び給うける人、殿上おりて参らぬに

 

笛の音は 
 あはれ昔に 似たれども
あふことなきは
   甲斐なかりけり 

(公任集・五二〇)
 


貴族のたしなみと連帯感の醸成

 管絃が王朝貴族の必須の教養であったのは、雅やかな感受性・情緒を育むという側面もあるのでしょう。現代でも、ピアノやバイオリンなどの楽器は習い事の定番ですが、楽器を習うと集中力・忍耐力・精神力・記憶力が養われるといいます。こうした面は、王朝貴族が管絃を学んだ理由としても同様にあったと思われます。

 しかしそれ以上に、宮中や様々な場で他の貴族と合奏することは、一体感や楽しさを共有し、連帯感や友情を育むことにもなったのでしょう。管絃は、貴族たちの繋がりを生み出すツールとして働いていたのです。

《用語解説》
※1昇殿(しょうでん)
宮中の清涼殿(天皇が日常を過ごす所)にあった詰め所にのぼること。清涼殿にのぼれるのは、基本的に五位以上の者である。
※2掛詞(かけことば)
同じ音を利用して、二つ以上の意味を持たせた言葉。
※3詞書(ことばがき)
和歌集に記載されている、和歌が詠まれた状況・日時・歌題などを示す説明文。