をぐら歳時記
ものづくりへのこだわりと美の伝統
平安の雅を伝える匠たち 三
安らぎの香り、伝統の調合を伝える
「香りづくり」の匠
古都の香り文化をつなぐ
香老舗 松栄堂さん
趣味の香りや茶席でのお香、宗教儀式での薫香など、現代で使用されているさまざまな「香」は、六世紀頃に大陸から日本に伝えられたと考えられています。
平安王朝以来の都の教養文化を基本に、長い歴史の中で育まれ、洗練されてきた日本の香りの文化は海外からも注目を集めています。香づくりを担う創業以来三百余年の香老舗 松栄堂さんに日本の香り文化やものづくりへのこだわりについてお話を伺いました。
平安王朝の暮らしと共に
古都の優美な
香り文化が誕生
日本で「香」が用いられるようになったのは、仏教伝来の頃(六世紀頃)と考えられています。当時は、主に仏前を浄め、邪気を払う「供香」として用いられ、宗教的な意味合いが強いものでした。
香料は、直接火にくべてたかれていたようです。平安時代には、貴族たちの生活の中でお香をたく習慣が生まれ、自ら調合した薫物を炭火であたためてくゆらせ、部屋や衣服への移香を楽しみました。その後、武士が台頭する鎌倉・室町時代にかけて、香木そのものの香りを鑑賞する「聞香」が流行します。
それぞれの香木の持つ香りの違いを判じるという競技に発展したのが「組香」と呼ばれるもので、お香は寄合の文化として成熟していきます。江戸時代になると、中国からお線香の製造技術が伝わり、庶民のあいだにもお線香の使用が広がっていきました。
日本の四季と共に、
日本人ならではの
香りづくりが育まれた
『源氏物語』には、生活の中で「香」を楽しむ平安貴族たちの様子が描かれていますが、四季のイメージはお香の調合において大切なテーマの一つでした。こうして和の繊細な季節感とともに、生活の彩りとしての香りを楽しむ文化が醸成されたといえます。貴重な天然香料を素材とするお香の文化は、自然と共存する日本人の感性と深く関係しています。
香老舗 松栄堂さんでは、貴重な天然香料を素材とした匠の香りづくりが、三百年ほど前に始まりました。
熟練した技が
生みだす繊細な香り、
天然香料ならではの
香りを創造
香老舗 松栄堂さんの創業は江戸時代宝永年間で、今から約三百年前まで遡ります。松栄堂さんが作る「香」は、宗教用の薫香をはじめ、日常生活の中で楽しむ手軽なインセンス、匂い袋など、伝統的な香りから現代のライフスタイルに合った香りまで、多種多様です。
お香の原料は、中国やインド、東南アジアを中心に世界各国から調達してきた天然香料。貴重で繊細な天産物ゆえに細やかな心くばりが要求され、熟練した手と技、研ぎ澄まされた感覚で、香りづくりが行なわれています。
「暮らしの中でふと懐かしさを感じる香・・・。四季折々の草花の香り、雨の香りなど、今まで無意識に感じていた香りには、心をほっとさせてくれる力があります。私どもでは日々の暮らしに彩りを添え、暮らしをより豊かにする香りづくりを目指しています」と松栄堂さん。お香の中に「自然」を感じ、五感のおだやかなバランスを作る、四季豊かな日本ならではの伝統文化が、香老舗 松栄堂さんの「香」に今も息づいているといえます。
伝統の技と匠の
心をつなぎながら、
和の香りの楽しさを発信
創業から今日の十二代目に至るまで、一貫して「香りづくり」に励んできた 香老舗 松栄堂さん。伝統に培われた匠の心を守り継ぎながら、日本文化の担い手として、多くの人に和の香りを紹介し、理解を深めてもらえるようさまざまな活動を行なっています。
その一つが、香り文化の情報発信拠点として2018年に開設した香りの小さな博物館「薫習館」です。香りの世界を「知る・学ぶ・楽しむ」をコンセプトとし、香りに触れることのできる展示が行われています。ユニークなお香のカプセル型トイ「薫ガチャ」なども設置されてい ます。さらに2023年には、嗅覚を使ったアナログゲーム「お香のカードゲーム くんくんくん」も発売されました。匠の伝統を守りながら、和の香りの楽しさを発信し続けています。