読み物

洗心言

2015年 晩秋・初冬の号


四季の文

紅葉
季節の移ろいを、色鮮やかに告げる紅葉。緑から赤へと彩りを変え、やがて散りゆく姿に先人は世の無常を見出しました。

花鳥風月雨雪

日本が世界に誇る文化や芸術。その礎には、この国ならではの季節感や自然観があるといわれています。

四季が豊かな国に生きることで育まれ、受け継がれてきた独特の感性をご紹介する「花鳥風月雨雪」。晩秋・初冬は、雨にまつわるお話しです。

季節と世の移ろいを知らせるしぐれ

秋の終わりごろに、急に陰った空からしばらく降ってやんだと思ったら、ふたたびぱらぱらと落ちる雨があります。

これは「しぐれ」と呼ばれる通り雨。その名の由来については、空が突然雲に覆われ「しばし暗く」なることにちなんだもの、短いあいだに雨が通り「過ぐる」ことが転じたもの、などの説があります。

雨の時節といえば梅雨が思い浮かびますが、陰暦の十月、つまりこれからの季節は「しぐれ月」といわれるほど、雨の多いころ。それはこの時期、北西の季節風である木枯らしに乗り、日本海方面より雨雲が繰り返しやって来るからだそうです。そのためしぐれは日本海側と盆地に多く、京都盆地に降る雨は「北山しぐれ」と呼ばれています。

しぐれは古くから使われた言葉で、『万葉集』にはしぐれを詠んだ歌が四十首余り。そのなかに、こんな歌があります。

時まちて 降れるしぐれの 雨やみぬ 明けむ朝か 山のもみたむ

しぐれが上がった明くる朝、木々の葉は色づいているだろうか。

対して、このような歌も撰されています。

神無月 しぐれにあへる 黄葉の 吹かば散りなむ 風のまにまに

ようやく色づいた木々の葉も、神無月(陰暦の十月)のしぐれに打たれ、風に散らされることだろう。

万葉人たちは、しぐれは木々の葉を鮮やかに色づかせ、やがて散らせるものと考えていたようです。それは季節の移ろいを知らせるとともに、この世のものはすべて移り変わり、永遠であるものはないという考え、すなわち無常観を感じさせる雨でもありました。
そして平安時代を迎えると、そぼ降るしぐれは悲しみや空しさを思わせる言葉として、恋の歌などに詠まれ始めます。

今はとて 我が身しぐれに 降り濡れば 言の葉さへに うつろひにけり 小野小町

しぐれに降られた木の葉のように、私も涙に濡れて古びてしまったので、あなたが約束した言の葉さえも変わってしまった。

世の移ろいを感じさせる雨が、雪に変わると、いよいよ冬の始まりです。


京の顔あれこれ

日本だけでなく、世界が注目する古都の知っているようでよく知らないいろいろな「顔」をご紹介する「京の顔 あれこれ」。
晩秋・初冬は、長寿企業についてのお話しです。

古都らしく『老舗』の割合が日本一

日本には創業から百年を経た、いわゆる長寿企業が多く、その数は二万七千余り。これは世界的に見ても、ずば抜けて多い数なのだそうです。

長寿企業がもっとも多い都道府県は、二千六百もの「老舗」がいまだ現役の東京都。
以下、大阪府、愛知県とつづき、約千百社の京都府は新潟県につぐ第五位。これは少し意外な結果ですが、しかし長寿企業の数が全企業に占める割合の高さでは、京都府がトップ。数ではほかの大都市に及ばないものの、密度の濃さにおいてはやはり京都が日本一、ということでしょうか。

では、京都府にはどのような業種の長寿企業が多いのかというと、最多は織物の卸、ついで絹織物などの製造。これらは西陣や丹後といった織物産地をもち、古くから和装産業が盛んであった京都独特の業種といえるでしょう。

そのつぎに多いのは庭づくりや建築などの工事にたずさわる企業で、こちらも寺社仏閣をはじめとする歴史的な建築物が豊富な、京都ならではの業種。このほかにも旅館、生菓子や清酒づくりといった、いかにも古都らしい多くの「老舗」が創業から百年を経たいまも、活発な商いをつづけています。

京都府に長寿企業が多い理由として、先に述べたような背景に加え、戦争による被害が少なかったことが挙げられています。もちろん、そういった外的な要因だけにとどまらず、生き残りをかけた企業努力も大変なものだったにちがいありません。

伝統を守りながらも変化を恐れず、つねに未来への革新をつづける。そんな気概こそが、京都の活力を支えてきたのでしょう。

京都最古の企業は五八七年創業の華道家元。

聖徳太子創建の六角堂ともゆかり深い

百人一首 千年の景

名歌に詠われた情景をご紹介する「百人一首 千年の景」。

晩秋・初冬の一首は、凡河内躬恒の第二十九番です。

心あてに 
折らばや折らむ 
初霜の 
置きまどはせる 白菊の花

凡河内躬恒
当て推量で折ってみようか。初霜があたり一面に降りて、霜なのか白菊なのかわからなくなっている白菊の花を。

季節の移ろいを知らせる自然の振る舞いのひとつに、初霜があります。目が覚めて外を見ると、薄明かりのなかであたり一面が白くなっていた。そんな光景に冬の訪れを感じるとともに、心が洗われる思いをしたという方も多いのではないでしょうか。

清らかで、美しい佇まいを見せる霜。もし、そこに白菊の花でも咲いていれば、目前に広がる光景はよりいっそう麗しく見えることでしょう。凡河内躬恒の目にも、そう映ったにちがいありません。

この世のあらゆるものを洗い清めるように、空から降りた霜。その白さとあたかも競いあうように、可憐な花を開かせた白菊。現実には、それらふたつの見分けがつかないことなどあり得ません。この歌の表現はかなり誇張されたものですが、しかし初霜を見た喜びが静かに感じられます。そして、日が射すと瞬く間に消えてしまう、儚いものへの慈しみの気持ちも伝わってきます。

二十年ほど前までは十月末ごろに見られた初霜も、最近では十二月にならないと降りなかったり、年明けまでずれ込むというところが多いようです。本来の季節感が薄らぎゆくいまだからこそ、じっくり味わいたい一首です。

凡河内躬恒は平安時代前期を生きた人。甲斐や丹波、和泉や淡路といった地方で長い歳月を過ごし、官人としてはあまり高い地位につくことはありませんでした。

しかし、歌の才能に優れた躬恒は紀貫之、紀友則、壬生忠岑とともに『古今和歌集』の撰者となり、また宇多天皇にたびたび歌を献上するなど、宮廷歌人として名声を馳せました。


小倉山荘 店主より

成功は失敗のもと

「あれ?『失敗は成功のもと』じゃなかったっけ?」と、思われたかもしれませんが、そうではありません。時に成功は、失敗の要因にもなり得るのです。表題は、一時の成功に驕ったり、成功体験に過度に囚われていると、結局は時代の変化についていけずに衰退してしまうという教えです。

一方、「失敗は成功のもと」は、失敗すれば方法や欠点を改めるので、かえってその後の成功につながるという教えです。

この二つは言葉が逆転し、正反対のことを言っているように思えますが、実は表裏一体の関係にあります。

人生には順風満帆な時もあれば、失意のどん底でもがき苦しむ時もあります。しかし、人生は山あり谷あり。自分が置かれた立場や状況が、逆転することはよくあることです。

ともすれば、私たちはそれを無常の世のことわりと思いがちですが、本当は心が常に揺れ動いているに過ぎないのです。失敗も成功も、そこには心のあり方が大きく関わっているのではないでしょうか。

報恩感謝 主人 山本雄吉