読み物

『小倉百人一首』
あらかるた

【278】西行と芋を洗う女


憧憬の旅人 西行

松尾芭蕉の『野ざらし紀行』に
このような句があります。

○芋洗ふ女 西行ならば歌よまむ

「芋(いも)」は秋の季語ですが、
俳諧はともかく、和歌では見たことがありません。
しかし川辺で芋を洗う女を見た芭蕉は、
西行(八十六)ならばこんな日常の光景にも風情を感じたことだろうと、
偉大な先人に思いを馳せたのです。

またこのような句も。

○西行の草鞋もかゝれ 松の露

露に濡れた松。そこに
西行の草鞋(わらじ)が懸かっていればよいのにと。

旅の途中で休息をとる西行が脱いだのか、
履きつぶして捨てていったのかわかりませんが、
芭蕉の追慕の念は、松の木を見ただけでも西行を思い起こさせたようです。

芭蕉は西行に憧れて旅また旅の日々をかさねていました。
どこを旅しても、西行が脳裏から去ることはなかったのでしょう。
伊勢に参詣した際にはこう詠んでいます。

○何の木の花とはしらず 匂哉

何の木の花かわからないが、よい匂いがしているなぁ。
それだけの句のようですが、じつはこの句、
西行の次の歌を踏まえているといわれています。

何事のおはしますをば知らねども かたじけなさに涙こぼるゝ
(西行法師家集)

何がおありなのかは知らないけれど
もったいない思いで涙がこぼれることです

大神宮御祭日に詠んだとされる歌です。
大神宮は伊勢の内宮(ないくう=皇大神宮)のことで
天照大神を祀っているのは明白ですから、
僧侶という立場を考えて「知らねども」と詠んだのかもしれません。

芭蕉は剃髪していたためか僧侶と見なされ、
外宮(げくう)で足止めされたそうです。
しかし神域ならではの神々しさは感じられた…というのを
「匂哉(においかな)」と表現したのでしょう。
芭蕉は西行を追体験していたと考えられます。


とくとくの清水

『野ざらし紀行』によると、芭蕉は
吉野に西行の庵室跡を訪れています。
西行は若き日にここに住み、山の桜を楽しんでいたと伝えられています。

吉野山 梢の花を見し日より 心は身にも添はずなりにき
(山家集 春)

吉野山の桜の 枝先の花を見た日から
私の心は身体から離れていってしまったよ

このころに西行が詠んだと言われていた、
作者不詳の歌があります。

とくとくと落つる岩間の苔清水 くみほす程もなきすまひかな
(吉野山独案内)

苔むす岩の間から滴り落ちるくらいの湧き水でさえ
汲み干す必要がない質素な暮らしぶりだというのでしょう。

西行の家集にも勅撰集にもない歌ですが、
芭蕉はこの清水を探しに行き
「とくとくの清水は昔にかはらずと見えて
今もとくとくと雫落ちける」と記しています。

○露とくとく こゝろみに浮世すゝがばや

ためしに浮世の汚れをすすいでみようかと。
もちろん水の清らかさゆえですが、
浮世を捨てた西行という人物の清らかさに
近づきたいという思いもあったことでしょう。