読み物

『小倉百人一首』
あらかるた

【252】月と戯れる歌人たち


月を引きとめる

お日さまを太陽と呼ぶなら、
お月さまは太陰と呼ばなければおかしい。

いきなり何を言うのかとお思いでしょう。
太陽と太陰は中国伝来の陰陽道(おんようどう)で
日と月を陽と陰に分類したときの呼び方。
言葉としては太陽と太陰はセットなのです。

しかし日本には月を太陰と呼ぶ習慣はありません。
太陰より月、お月さまと呼ぶほうが親しみがわきますね。
和歌の世界でも月への親しみを反映した歌が多く詠まれています。
たとえばこの在原業平(ありわらのなりひら 十七)の歌。

あかなくにまだきも月のかくるゝか 山の端にげて入れずもあらなむ
(古今和歌集 雑 在原業平朝臣)

見飽きていないのに早くも月は隠れるのか
山の端が逃げて入れないでくれないだろうか

これは惟喬(これたか)親王の鷹狩に随行した際に詠んだもの。
宿で飲み明かすうちに酔った親王が自室に入ろうとしたので、
業平がこの歌で引きとめようとしたのです。
その夜は十一日の月が出ていたと詞書にありますから、
業平は親王を月になぞらえたのです。

人はともかく、月は引きとめられるのか。
それについてはこのような歌が…。

おそくいづる月にもあるかな あしひきの山のあなたも惜しむべらなり
(古今和歌集 雑 よみ人知らず)

遅く出てくる月だなぁ
山の向こう側も惜しんでいるのだろう

月がなかなか出てこないのは
山の彼方でだれかが引きとめているから。

十一日の月は夕方早くに昇って早めに沈みます。
待ちきれないほど遅いと感じられるのは
二十日すぎくらいからでしょうか。


めずらしくもない月を喜ぶ

月の美しいある夜、
凡河内躬恒(おおしこうちのみつね 二十九)が
紀貫之(きのつらゆき 三十五)の家を訪れました。
一緒に月を楽しもうと思ったのですが、貫之は

かつ見れど疎くもあるかな 月影のいたらぬ里もあらじと思へば
(古今和歌集 雑 紀貫之)

月を見て楽しむ人もあると思うが わたしは興味がないね
月の光が届かない里などないだろうと思うから

自分の家だけならともかく、
どこのだれの家にも降り注ぐ月の光を
ことさらに喜ぶ人の気が知れないというのです。

躬恒がうれしそうな顔でやってきたので
貫之はそれをからかったのでしょう。
二人は長年の親友でした。

思ひぐまなくても年の経ぬるかな 物いひかはせ秋の夜の月
(千載和歌集 秋 源俊頼朝臣)

(わたしへの)思いやりがないままに何年も経ってしまったことだ
会話ぐらいはしてくれないか 秋の夜の月よ

源俊頼(みなもとのとしより 七十四)の歌は
月を長年の友と見做して詠んだもの。
詠めと命じたのは藤原忠通(ふじわらのただみち 七十六)でした。

五句まで読んではじめて、返事もしてくれないのは
人間ではなくて月だったのかとわかるしかけ。
月をネタに遊ぶ歌人は少なくなかったようです。