『小倉百人一首』
あらかるた
【219】紅葉といえば竜田川
和歌が定着させた竜田川イメージ
奈良県の新しいご当地グルメは竜田(たつた)揚げ。
そう聞いてピンときた人は百人一首ファンかもしれません。
竜田揚げは鶏肉や魚肉に醤油、味醂で下味をつけ、
片栗粉をまぶして揚げるおなじみの料理。
醤油に漬けて赤くなるのを紅葉に見立て、
紅葉の名所竜田川を連想して竜田揚げと名づけた
というのが有力な説です。
また江戸時代の料理本には
竜田川という芋料理が載っており、それは
茹でた芋を紅葉の形に切って梅酢に漬けたものだったとか。
「紅葉といえば竜田川」という
共通認識があったからこその命名であり、
竜田川はそれだけ紅葉との結びつきが強かったのです。
ちはやぶる神代もきかず龍田川 から紅に水くくるとは
(十七 在原業平朝臣)
不思議なことの多かった神の時代でさえ聞いたことがありません
竜田川が水を鮮やかな赤にくくり染めするなんて
業平(なりひら)の歌は陽成天皇(十三)の母
藤原高子(ふじわらのたかいこ)のサロンで詠まれたもの。
そこには竜田川に紅葉が流れるさまを描いた屏風があり、
業平や素性(そせい 二十一)、文屋康秀(ふんやのやすひで 二十二)らが
招かれて和歌を献上していました。
平安時代初期に、すでに
竜田川は紅葉の名所として知られていたようです。
そしてこの歌が百人一首に採られ、
数百年にわたって読み継がれることで、
日本人の竜田川イメージが定着していったと考えられます。
秋の女神
「紅葉といえば」で忘れてはならないのが
秋の女神とされる竜田姫でしょう。
竜田姫たむくる神のあればこそ 秋のこのはのぬさとちるらめ
(古今和歌集 秋 兼覧王)
竜田姫が手向ける神があるからこそ
秋の木の葉が幣(ぬさ)となって散るのだろう
解釈の分かれる歌ですが、
山々の木の葉を紅葉させる仕事を終えて帰って行く竜田姫が
山の神(あるいは道の神)に手向けるため、
幣の代わりに紅葉を散らすと考えるのが一般的なようです。
和歌を見ると、山の紅葉は竜田姫が染めたもの、
あるいは竜田姫が織り出した錦であるとされています。
雲となり雨となりてや立田姫 秋のもみぢの色を染むらむ
(続古今和歌集 秋 皇太后宮大夫俊成)
あるときは雲となり またあるときは雨に姿を変えて
竜田姫は秋の紅葉の色を染めるのだろう
俊成(八十三)は天候が紅葉を左右すると知っていたのか…。
理にかなっているのでおどろきます。
竜田山の風の神だった竜田姫が
秋を司る女神とされるようになったのは奈良時代といわれます。
おなじ生駒山地を流れる竜田川が紅葉の名所となったのは、
自然な流れだったのかもしれません。