『小倉百人一首』
あらかるた
【206】枕に知られた恋の秘密
枕だけが知っている
百人一首で枕といえば周防内侍(すおうのないし 六十七)の
「手枕(たまくら)」を思い出しますが、今回は実際の枕について。
知るといへば枕だにせで寝しものを 塵ならぬ名のそらにたつらむ
(古今和歌集 恋 伊勢)
知られてしまうというから 枕もしないで寝ていたのに
どうして根も葉もないうわさが(塵のように)立つのでしょう
伊勢(いせ 十九)の歌には
枕をめぐる主要なキーワードがふたつ含まれています。
まず「知る」というのは、枕が恋の秘密を知るということ。
枕は人の心や夢の内容などを知ってしまうので、
枕をしないで寝ていたというのです。
「塵」は枕と組み合わせたとき、恋人の不在をあらわします。
幾夜も恋人が来ないうちに、枕に塵が積もるのです。
塵が立つように浮き名(=恋のうわさ)が立つという言葉の裏側には、
恋人が来なくなってからの時間の経過が暗示されています。
物言わぬ枕が何を知ったところで問題はないようですが、
和泉式部(五十六)はこう詠んでいます。
枕だに知らねばいはじ 見しまゝに君かたるなよ春の夜の夢
(新古今和歌集 恋 和泉式部)
おしゃべりな枕でさえ 知らなければ言わないでしょう
(だからあなたも 知らなかったことにして)
春の夜の夢のようなつかの間の恋を
見たまま(=ありのまま)に人に語りなさるな
秘密の逢瀬を内緒にしておいてほしいという願い。
枕はやはり、秘密を漏らすのでしょうか。
旅の枕
藤原雅経(まさつね 九十四)には
草枕(くさまくら)を詠んだ有名な歌があります。
草枕結びさだめむかた知らず ならはぬ野辺の夢のかよひぢ
(新古今和歌集 恋 藤原雅経)
旅に出たけれど 草枕の結び方がわからないよ
慣れない野辺に寝て 夢の通い路であなたに会いたいというのに
草枕は旅の枕のこと。実際に草を結んで枕にするとはかぎらず、
旅寝、あるいは旅そのものを草枕と呼ぶことがほとんどです。
この場合も野宿をしたわけではなく、
旅先で『古今和歌集』のこの歌を思い出して詠んだのでしょう。
宵々に枕さだめむ方もなし いかに寝し夜か夢に見えけむ
(古今和歌集 恋 よみ人知らず)
夜毎に枕の仕方を決めることができないよ
どうやって寝た夜にあなたを夢に見たのだったか
もう一度あの人を夢に見たいけれど、
枕をどんなふうにしたとき夢に見たのか、忘れてしまったのです。
枕の置き方で夢の内容を変えられるという俗信が
あったのかなかったのか、この歌だけではわかりません。
しかし雅経は、それを旅先の草枕の結び方に置き換えました。
本歌のユーモラスな軽みは影をひそめ、
心細い旅の宿で恋人を思う、純情な恋の歌に生まれ変わっています。