読み物

『小倉百人一首』
あらかるた

【146】春の光


待ちわびる春

百人一首には仲麻呂(七)から西行(八十六)にいたるまで
いくつもの月の歌が選ばれています。
しかし太陽や日の光を詠んだ歌となると、
かろうじて紀友則の「光のどけき」(三十三)があるだけ。

じつは王朝和歌全体を見渡しても、
太陽や日の光を題材とした歌はわずかしかないのです。
興味深いのは、その少ない歌の大半が春の日の光を詠っていること。

今朝のまは光のどかにかすむ日を 雪げにかへす春の夕風
(新続古今和歌集 雑 順徳院御歌)

今朝のうちは(春らしく)日の光がのどかにかすんでいたのに
(冬のように冷たい)春の夕風がそれを雪模様にもどしてしまうよ

順徳院(百)の歌は早春の一日。
「雪げ」は今にも雪が降りだしそうなようすを指します。
春の到来を待ちわびる古人(いにしえびと)の思いがつたわりますね。


俊成定家父子の春

つづいて藤原俊成(としなり/しゅんぜい 八十三)、
定家(さだいえ/ていか 九十七)父子の歌を。
まず俊成が春日祭(かすがまつり)に際して詠んだ一首です。

春の日も光ことにや照らすらむ 玉ぐしの葉にかくるしらゆふ
(風雅和歌集 神祇 皇太后宮大夫俊成)

春の太陽も(今日は)特別な光で照らしているようだ
玉串(たまぐし)の葉にかける白木綿(しらゆう)を

春日大社の例祭は旧暦二月。
榊(さかき)の枝に布や紙の白い垂(しで)をつけた玉串に
春の明るい日差しが降りそそぐというのです。

春日祭は春の季語になっており、
春の訪れを告げる代表的な行事でした。
また藤原氏は春日大社を一族の氏神としていましたから、
この晴れ晴れとした歌には
一族繁栄の願いや神への感謝の気持が込められているのかもしれません。

息子の定家には立春の心を詠んだ歌があります。

いづる日のおなじ光に わたつ海の浪にもけふや春は立つらむ
(続千載和歌集 春 前中納言定家)

昇ってきた太陽の光と同じ光に照らされて
海の波にも今日は春が立つことだろう
(=海にも春が来ただろう)

立春の朝、陸と同じように海も立春を迎えているだろうと、
いかにも定家らしいユニークな視点の一首。
波と春の縁語である「立つ」を巧みに活かしています。

暖房といえば火桶(=火鉢)くらいしかなかった時代、
陸(おか)にも海にも春が来たぞという喜びは
決して大げさなものではなかったでしょう。