読み物

『小倉百人一首』
あらかるた

【73】平安純愛物語〔前〕


鷹好きの少年

京都洛東、山科に昌泰3年(900年)創建と伝えられる
真言宗山階(やましな)派の大本山勧修寺(かじゅうじ)があります。

美しい氷室庭園や気品ある観音堂など見どころの多い名刹で、
百人一首歌人の三条右大臣藤原定方(さだかた 二十五)に 
たいへんゆかりの深いお寺でもあります。

『今昔物語集』はこのような逸話を紹介しています。

平安時代前期、
藤原高藤(ふじわらのたかふじ:838-900年)という大臣がいました。
定方の父親です。高藤の祖父の冬嗣は左大臣、
父良門(よしかど)は内舎人(うどねり)でした。

内舎人は文官ですが、帯刀して内裏の警護にあたる役職。
のちに侍(さむらい)が任じられるようになるまでは
五位以上の貴族の子弟から選ばれていました。

その父親から鷹好きを受け継いだ高藤は
小さいころから鷹狩りに夢中でした。

これは飼いならした鷹に兎や鳥などの小動物を捕らえさせる遊び。
平安時代に盛んに行われるようになり、
天皇は北野、交野(かたの)などに専用の狩場を持っていたほど。
一般貴族の間でも大流行だったようです。

さて、高藤15歳ばかりの秋9月、鷹狩りのために
供を連れて山科の山野をめぐっていると天候が急変。
突風が吹き雷電霹靂(らいでんへきれき=雷鳴と電光)して
激しい雨が降り始めます。

風雨を避ける場所を求めて一行が散り散りになる中、
高藤は馬に任せてさまよううちに一軒の家にたどり着きます。
家の主は高藤の狩装束を乾かし、食事も調えてくれ、
突然の来訪者をていねいにもてなしました。


運命の出会い

雨は止まず、高藤はその家に泊めてもらうことに。
くつろいでいると、13歳くらいの少女が扇で顔を隠しながら
高坏(たかつき=食物を盛る脚つきの器)を運んできました。
驚くほどの美少女です。

高藤少年は一目惚れしてしまいました。
その夜、独りで寝るのは怖いからといって少女を呼び、
抱きしめて行く末を何度も何度も約束しながら、
ともに夜を明かしました。

翌朝、高藤は身に着けていた太刀を形見に置くと、
親に勧められてもほかの男に嫁がぬようにと告げて帰っていきます。

家では大騒ぎになっていました。
一睡もしていなかった父の内舎人は怒り心頭、
高藤の鷹狩りを禁止してしまいました。

恋しさはつのりますが自由に外出できず、
迷った末に行き着いた家なので、こっそり訪れようにも
手がかりがありません。
高藤の煩悶の日々がつづきます。

そのうち父良門が若くして亡くなります。
高藤の将来性を見込んだ伯父の良房大臣が心配してくれますが、
高藤は妻を迎えようとさえしません。

そんな高藤に朗報が届いたのは6年後のことでした。
少女の所在を知る人物が現れたのです。

(→後編につづく)