読み物

『小倉百人一首』
あらかるた

【25】平安歌人たちの知的遊戯


言葉を歌に隠す

以前に第9話で「和歌の言語遊戯」と題して、
折句(おりく)や沓冠(くつかむり)を紹介しました。
今回は物名(もののな/ぶつめい)という遊戯を見てみましょう。

まず紀友則(きのとものり三十三)に実例を示してもらいます。

我やどの花踏み散らす鳥うたむ野はなければやこゝにしも来る
(古今集物名紀友則)

わたしの家の花を踏み散らす鳥を打ってやろう
野原に花がないからここに来るのだろうが

詞書に「りうたむのはな」とあり、
竜胆(りんどう)の花が詠い込まれています。
どこに隠れているか、わかりますか。

友則の歌は竜胆の花を鳥から守ろうとしているように思えますが、
物名は歌の内容と関係のない物でもかまいません。

紀貫之(きのつらゆき三十五)の次の歌は
紙屋川(かみやかは)を詠い込んでいます。

うば玉の我黒髪やかはるらむ鏡の影にふれる白雪
(古今集物名紀貫之)

真っ黒だったわたしの髪も変わってゆく
鏡を見れば白雪が降っているようだ

物の名を一つなら難しくなさそうですが、
同じ百人一首歌人でも
恵慶(えぎょう四十七)は四つも入れています。

くり返しまがきのうちに花つめばいとまかりにもありとやは見る
(新千載集物名恵慶法師)

何度も何度も垣根の中で花を摘んでいたら
暇があるんだろうとご覧になりますか

知人のところへ栗、柿、なつめ、まかり(まくわうり?)を
贈ったとき、この歌を添えてやったのだとか。


機知が問われる歌合

物名は平安時代の初期から中頃にかけて流行し、
物名歌合(うたあわせ)まで開かれたといいます。
機知とテクニックの競い合いなので、歌としては玉石混交になりがち。
それでもこんなお洒落な歌も遺されています。

憂しやうし花にほふえだに風かよひちりきて人のことゝひはせず
(新拾遺集物名よみ人知らず)

憎らしいったらないわ花の盛りの枝に風が吹いて
花びらが散ってきたのにあなたは訪ねても来ないなんて

隠れているのは笙(しやう)、笛、篳篥(ひちりき)、
琴、琵琶(ひは)です。楽器ばかり五種類も!

最後に技ありの二首を紹介しましょう。
二首あわせると十二支がすべて入っています。

一夜寝てうしとらこそは思ひけめ憂き名たつ身ぞわびしかりける
(拾遺集物名よみ人知らず)

生れよりひつじつぐれば山に去るひとりいぬるに人ゐていませ
(拾遺集物名よみ人知らず)