続『小倉百人一首』
あらかるた
【15】男たちの三月三日
酒と歌の年中行事
かつて旧暦の三月三日は曲水宴(きょくすいのえん)の日でした。
庭園の池にそそぐ曲がりくねった水路(=曲水)を掘り、
それに沿った各所に詩人や歌人を座らせるのですが、
かれらは上流から流れてくる酒杯が前を通り過ぎないうちに
詩や歌を作らなければなりませんでした。
間に合わないと杯を干す罰が与えられたそうですが、
下戸(げこ)はともかく、上戸(じょうご)には
罰に思えなかったかもしれません。
花流す瀬をも見るべき 三日月のわれて入りぬる山のをちかた
(新古今和歌集 春 坂上是則)
花の流れる川瀬も見て楽しむがよい
山の遠方(おちかた)に三日月がわれて入ってしまい
暗くなってしまったけれど
坂上是則(さかのうえのこれのり 三十一)のこの歌には
紀貫之(きのつらゆき 三十五)が催した
曲水宴で詠んだという詞書があります。
次の壬生忠岑(みぶのただみね 三十)の歌にも
同様の詞書があり、歌題もおなじ
「月入花瀬暗(つきいりてはなのせくらし)」です。
ちりまがふ花は衣にかゝれども みなせをぞ思ふ月の入るかた
(新拾遺和歌集 春 壬生忠岑)
散り乱れる花は着物にかかるけれど
月の沈む方の水瀬ばかりを気にかけてしまうよ
三日月はすぐ沈んでしまうので、
ついそちらが気になってしまうというのでしょう。
実際は篝火(かがりび)が焚かれるのでさほど暗くないはずですが、
歌題に合わせたのです。
仮想オールスターズ
上記二首の出典を調べたところ、
『三月三日紀師匠曲水宴和歌』という歌集に行き当たりました。
それによると当日は八名の歌人が歌を詠んでおり、
なんとそのうち七名までが百人一首歌人でした。
大江千里(おおえのちさと 二十三)、
凡河内躬恒(おおしこうちのみつね 二十九)、
紀友則(きのとものり 三十三)、
藤原興風(ふじわらのおきかぜ 三十四)、
そして上記の二名と紀貫之。
なんともぜいたくな顔ぶれです。
しかしこの歌集はそのぜいたくさゆえに偽書、
つまりでっちあげではないかと疑いをもたれているのだとか。
主催者とされる貫之の歌は
春なれば梅に桜をこきまぜて 流すみなせの河のかぞする
(三月三日紀師匠曲水宴和歌 貫之)
春なので 梅に桜を混ぜ合わせて流す
水瀬(みなせ=浅い流れ)の川の香がする
疑いをもって読むと
梅と桜が桃の節供の三月三日に咲くだろうかと思い、
そもそも貫之は自邸の庭に曲水を作るほど
裕福だったのだろうかと考えてしまいます。
偽書だとしたら罪作りな気もしますが、
仮想だと思えば楽しい歌人オールスターズ。
素直に楽しんでよいのかもしれません。