続『小倉百人一首』
あらかるた
【97】夕立の空
涼しい風は夕立の予兆
夕立は夏の夕方、急に降り出す激しい雨のこと。
熱せられた大地が上昇気流を生んで積乱雲を発達させるからですが、
雲の直径はせいぜい十キロメートルほどで、局地的にしか降りません。
吹き下ろす風ぞ涼しき 山の端(は)にかゝれる雲や夕立の空
(草庵集 夏)
吉田兼好の友人だった頓阿(とんあ)の歌です。
山から吹き下ろす風が涼しくなった。
自分のいるところは降っていないが山には雲がかかっていて、
あそこだけは夕立なのだろうと。
衣手にすゞしき風を先立てゝ くもりはじむるゆふだちの空
(風雅和歌集 夏 後鳥羽院宮内卿)
まず衣の袖に涼しい風を送り込んでおいて、
その後まもなく空が暗くなった。
この歌も、涼しい風が吹いたら夕立になるという
特徴を捉えています。
定家と家隆の本歌取り
『万葉集』には夕立を詠んだ歌が一首しかなく、
平安時代に入っても夕立が歌題となることはなかったようです。
平安末期に急に夕立の歌が増えてくるのですが、
そのきっかけではないかと言われるのが西行のこの一首です。
よられつる野もせの草のかげろひて 涼しく曇る夕立の空
(新古今和歌集 夏 西行法師)
野面(のもせ)の草が暑さによじれていた。
その草が日陰になり、涼しさとともに曇ってきた。
これは夕立の空模様だと。
夕立を時系列で観察してそのまま詠んでいるだけ。
しかしそれがよほど新鮮だったのでしょう、
多くの歌人が西行をなぞったような歌を詠んでおり、
次の藤原定家(九十七)の歌も西行にそっくりです。
風わたる軒のしたくさ打ちしおれ すゞしくにほふ夕立のそら
(拾遺愚草上)
風の吹いてくる軒の下草(=丈の低い草)がしおれている。
そこに涼しさが感じられたから、夕立になるのだろう。
野の草が軒下の草に変わっただけです。
それに対し定家の盟友藤原家隆(いえたか 九十八)の
夕立の空はこのようなもの。
夏の日を誰が住む里と厭ふらむ 涼しく曇る夕立の空
(壬二集上)
夏の日、こんな暑いところに誰が住むかと思うだろうが、
夕立が来れば涼しくなるよと、こちらは
西行と下の句がまったく同じなのに印象が異なります。
室町時代の歌僧正徹(しょうてつ)は歌論書『正徹物語』に
「定家は本歌の心を取りてよむ事はなき也。
家隆は本歌と同じ心なる歌のまゝ見え侍る也」と記しています。
少なくとも、そっくりの範囲にとどまっている定家より、
自由な発想の家隆のほうが本歌への敬意を感じます。
家隆を読んでから西行の歌にもどると、
西行も涼しくなるのを待っていたのだろうと思えてくるのが
おもしろいところです。