続『小倉百人一首』
あらかるた
【108】知る人ぞ知る
慣用句になった和歌
慣用句「知る人ぞ知る」は
紀友則(きのとものり 三十三)のこの歌が
もとになっているという説があります。
きみならでたれにか見せむ梅の花 色をも香をも知る人ぞ知る
(古今和歌集 春 友則)
あなた以外のだれに見せましょう この梅の花を
色も香りも(その良さは)わかる人だけがわかるのです
この歌の「知る人」はものの趣や価値、道理などを解する人。
だれもが知っているわけではないし、わかるわけでもないけれど、
その存在や価値を認める人がいることはいるのだというのです。
おなじような意味で「知る人」を詠んでいるのが、
『更級日記』で知られる
菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)です。
あはれ知る人にみせばや 山里の秋の夜ふかき有明の月
(玉葉和歌集 秋 菅原孝標朝臣女)
風情のわかる人に見せたいものです
山里の秋の夜が更けて暁(あかつき)の空に残る月を
知る人さまざま
百人一首には「知る人」の出てくる歌が二首ありますが、
意味するところは友則たちと異なります。
もろともにあはれと思へ山桜 花よりほかに知る人もなし
(六十六 大僧正行尊)
山桜よ おまえもわたしを懐かしんでくれ
おまえのほかにわたしの心を知る人はいないのだから
行尊(ぎょうそん)の歌は花を擬人化したもの。
回峰行(かいほうぎょう)の孤独な修行のさなかに
思いがけず出会った山桜を心の友として見ているようです。
次の興風(おきかぜ)は松を擬人化していますが、
こちらの「知る人」は「知人」と解釈してよさそうです。
たれをかも知る人にせむ 高砂の松もむかしの友ならなくに
(三十四 藤原興風)
(知人は相次いで世を去ってしまい)だれを友としたらよいのだろう
(わたしのように老いた)長寿の松も旧友というわけではないのだし
最後に友則の従弟(いとこ)貫之(つらゆき 三十五)です。
山里に知る人もがな ほとゝぎす鳴きぬときかば告げにくるがに
(拾遺和歌集 夏 紀貫之)
山里に知人があったらよいのになぁ
ほととぎすが鳴いたと聞いたら知らせに来てくれるだろうから
友則の歌とちがって「知る人」はもはや連絡係です。
共通点があるとすれば、友則に歌を贈られた知人も
貫之の望んだ知人も、同好の士だったということでしょうか。