読み物

続『小倉百人一首』
あらかるた

【147】風の色


秋風は何の色?

風には色がない。
初夏の南風を青嵐(あおあらし)と呼ぶことがありますが、
青葉の季節に吹くことによる呼称であって、
風が青いという意味ではありません。

藤原定家(九十七)の息子
為家(ためいえ)にはこのような歌があります。

竜田山したまでかはるもみぢ葉に ひとり色なき谷の松風
(夫木和歌抄 雑 藤原為家)

竜田山は山頂から麓まで紅葉に変わったが、
谷間(たにあい)の松に吹く風だけは色がないというのです。
紅葉の赤、松の緑、そして色のない風の取り合わせ。

風に色がないのは当たり前のはずですが、
源雅実(まさざね)の次の歌も
わざわざ風に色がないことを前提にしています。

もの思へば色なき風もなかりけり 身にしむ秋のこゝろならひに
(新古今和歌集 哀傷 久我太政大臣)

堀河院崩御直後の秋に詠んだという一首。
もの思いに沈んでいると色のない風などないのだった。
この秋は悲しみが身に沁みるのが
「心習ひ(=心の習慣)」になってしまっているから。

風には色がないというけれど、雅実は
この秋の風は悲しみの色をしていたというのです。


ルーツは五行説にあり

雅実の歌にある「色なき風」を最初に詠んだのは
紀友則(きのとものり 三十三)とされています。

吹き来れば身にもしみける秋風を 色なきものと思ひけるかな
(古今和歌六帖第一 天 紀友則)

吹く風が身に沁みる。色がないと思っていたけれど、
わたしは秋の愁いの色に染まっていくではないかというのです。

友則が秋風には色がないと思っていたというのは、
古代中国の五行説(ごぎょうせつ)の影響です。
五行説によれば万物は「木・火・土・金・水(もっかどごんすい)」の
五つの行(ぎょう=要素、元素)で成り立っています。

「木・火・土・金・水」はさまざまなものに割り振られており、
その一部を示したのが下の一覧です。

○木=東 /春 /青   /怒
○火=南 /夏 /赤(朱)/喜
○土=中央/土用/黄   /思
○金=西 /秋 /白(素)/憂(悲)
○水=北 /冬 /黒(玄)/恐(驚)
 
秋は「金」に当たり、方角は西、色は白に相当します。
秋風を金風(きんぷう)と呼ぶことがあるのは
金色の意味ではなく、ただ行の名をつけたもの。
色では白風(はくふう)です。

また秋風には素風(そふう)という呼び名もあります。
素(もと)のままの風という意味で、
素人(しろうと)や素面(しらふ)と同様、
まだ変化していない、色のついていない状態の風です。

上記の一覧の右端の列は感情を表しています。*
秋と憂(もしくは悲)は「金」に分類されており、
歌人たちはそれも知っていたのかもしれません。

色なき風を詠んだ和歌は多くありませんが、
俳句では色なき風、金風、白風、素風は
いずれも季語になっており、
五行説の影響のほどがうかがえます。

*感情の五行分類には異説もあります。