続『小倉百人一首』
あらかるた
【156】友を呼ぶ
千鳥を詠む光源氏
光源氏は須磨のわび住まいのさなか
明け方の千鳥の声を聞き、このように詠んでいます。
友千鳥もろごゑになくあかつきは ひとり寝ざめの床もたのもし
(源氏物語 須磨 光源氏)
千鳥の群れが諸声(もろごえ=一斉)に鳴いている。
明け方までひとり寝覚めているわたしも、
千鳥が一緒に泣いてくれて心強い思いだと。
友千鳥(ともちどり)は群れている千鳥を指しますが、
千鳥は友(=仲間、同類)を呼んで鳴くと考えられていました。
舟いだす与謝の港のあけ方に 友呼ぶこゑは千鳥なりけり
(新後拾遺和歌集 冬 按察使資明)
与謝は天橋立近くにあった村。
与謝の海は現在阿蘇海(あそかい)と呼ばれており、
ことに冬は多くの水鳥が飛来することで知られています。
舟が薄暗い海に漕ぎ出していく港の情景。
多くの鳥がいる中で、資明(すけあきら)は
友を呼ぶ千鳥の声を加えていっそうの情趣を添えています。
友を呼ぶ鳥たち
友を呼ぶ千鳥は和歌の定番になっています。
しかし少ないながら他の鳥たちも友を呼んでいました。
夕まぐれ木高き森にすむ鳩の ひとり友よぶ声ぞさびしき
(玉葉和歌集 雑 後京極摂政前太政大臣)
藤原良経(九十一)が詠んだのは鳩。
薄暗い夕暮れ、木の高い森に棲む鳩が一羽、
仲間を呼んで鳴いています。
古畑のそばの立つ木にゐる鳩の 友呼ぶ声のすごき夕暮れ
(新古今和歌集 雑 西行法師)
古畑(ふるはた)は荒れた畑、見捨てられた畑のこと。
岨(そば/そわ)は急斜面や崖(がけ)を指します。
西行(八十六)の歌では荒涼たる風景の中、
立ち木に鳩が鳴いています。
良経の「さびし」も西行の「すごし」も
物悲しさや喪失感をあらわす言葉で、
「すごし」には恐ろしさ、気味の悪さが加わります。
ふたりが詠んだのは低い声で「デーデーポーポー」と鳴く
雉鳩(きじばと=山鳩とも)かもしれません。
雉鳩は早朝や夕暮れによく鳴くからです。
我が門のわさ田雁がね いつしかと雲居を渡る友よばふなり
(新千載和歌集 秋 前大納言爲氏)
早田(わさだ)は早稲を植えた田、早稲田のこと。
いつの間にか自宅の門前の早田に降りていた雁(かり)が、
空高く飛ぶ仲間を呼んでいたのです。
もうそんな季節になったのかと、
藤原爲氏(ためうじ)は秋の深まりを感じたのでしょう。
千鳥、鳩、雁と続けましたが、鶴や時鳥(ほととぎす)、
呼子鳥(よぶこどり=郭公もしくは筒鳥)の例もあり、
いずれも「友呼ぶ」の一語によって詩情が増しています。
読み手が感情移入しやすいからでしょう。