読み物

続『小倉百人一首』
あらかるた

【161】雉も鳴かずば


雉はごちそうだった

ことわざ「雉(きじ)も鳴かずば撃たれまい」は、
余計なことを言わなければ禍(わざわい)を招かずにすむという戒め。
よく通る声のせいで容易に居場所がわかってしまうという
雉の特徴は、ことわざになるほど古くから知られていました。
源兼昌(かねまさ 七十八)はこのように詠んでいます。

狩人はこゑをたづぬと知らねばや かすみのうちにきゞす鳴くらん
(永久百首 春 源兼昌)

「雉」は「雉子」とも書き、
古くは「きぎす/きぎし」と呼んでいました。
狩人が鳴き声をたよりに自分を探すとも知らず、雉が鳴いている。
せっかく春霞が姿を隠してくれているというのに…。

雉はその美しさから観賞用に飼われることもありましたが、
雉を狩るおもな目的は食用であり、
雉肉は鳥肉の中でも最上級とされていました。
藤原道長(みちなが)にこのような歌があります。

君ませとやりつる使ひ来にけらし 野辺の雉子はとりやしつらん
(後拾遺和歌集 春 藤原道長)

招待のために遣わした使者が帰ってきたようだ。
料理用の野辺の雉はもう獲れただろうかと、
道長は狩りの結果を気にしています。

詞書によると、使者が遣わされた先は
大饗(だいきょう/おおあえ)に招待する客でした。
大饗は宮中や大臣家で行われた盛大な宴で、
皆で大きいテーブルを囲むという日本では珍しいスタイル。
そのメインディッシュが雉料理だったのです。


雉のことわざ、慣用句

雉を詠んだ歌は数多くありますが、
雉が狩りの獲物だったことを反映したものが目立ちます。

御狩人近くなりゆく鈴の音を 交野のきゞすいかゞ聞くらん
(堀河百首 冬 祐子内親王家紀伊)

交野(かたの)は天皇家の狩場があったところで、
御狩人(みかりびと)は天皇の狩人のこと。
鷹狩の鷹の尾羽には鈴がついており、
鈴の音が近づいてきたら雉に命の危険が迫っているのです。

ちなみに「狩場の雉」という慣用句は
とうてい助からない状況を表しています。

かりびとの朝踏む小野の草わかみ かくろへ兼ねて雉子鳴くなり
(風雅和歌集 春 俊恵法師)

狩人が春の草を踏んで野原を歩いていく。
まだ草が若い(=小さい)ので、
隠れきれずに雉が鳴いているのです。

慣用句「焼野の雉子(やけののきぎす)」は、
野焼きで隠れ場所をなくした雉が命がけで雛を守ること。
子を思う親の情の深さをあらわす言葉です。
ほかにも「頭隠して尻隠さず」は「雉の草隠れ」が由来だそうで、
草に隠れたつもりでも長い尾が見えてしまうこと。

雉に関連する慣用句の多さは、
かつて雉が身近な鳥だったことをうかがわせます。

※バックナンバー【8】参照