読み物

続『小倉百人一首』
あらかるた

【179】巻頭歌を詠む(壱)


巻頭歌は春の歌

歌集の冒頭に載せられている歌を
巻頭歌(かんとうか)と呼びます。

最初の勅撰集『古今和歌集』は春・夏・秋・冬を
部立てとして独立させ、巻頭に置きました。
また同じ春の部立ての中でも初春、仲春、晩春の順が守られ、
さらに暦や行事の順も実際に即して並べられているため、
最初に出てくるのは正月や立春を詠んだ歌ということになります。

この方式は最期の勅撰集
『新続古今和歌集(しんしょくこきんわかしゅう)』に
至るまでの二十一代、およそ五百年に亘って続きました。

《詞書》正月一日よみ侍りける
いかに寝て起くる朝にいふことぞ 昨日をこぞと今日をことしと
(後拾遺和歌集 春 小大君)

小大君(こおおきみ/こだいのきみ)は、
一晩寝て起きた朝(あした)にどういうわけで
昨日を去年(こぞ)と言い、今日を今年と言うのかと、
疑問を投げかけています。

子どもの問いのようですが、初句「いかに寝て」は、
じつは夢や恋に結びつけられることの多い言葉です。

よひよひに枕さだめむ方もなし いかにねし夜か夢に見えけむ
(古今和歌集 恋 よみ人知らず)

毎晩毎晩枕の決め方がわからない。
どんなふうに寝た夜に夢で愛しい人に逢えたのだったか。

枕の置き方で見る夢が異なるという俗信があったそうで、
小大君はそれを生かして言うまでもないような
暦の話を一捻り、恋の歌に見せかけようとしたのでしょう。
小大君は三十六歌仙に名を連ねるほどの歌人であり、
余裕を感じさせるユーモアセンスです。


埋もれなかった春の歌

次は藤原定家(九十七)の次男、為家(ためいえ)の一首。

《詞書》春立つ心をよみ侍りける
あら玉の年は一夜をへだてにて 今日より春と立つ霞かな
(続拾遺和歌集 春 前大納言爲家)

「あらたまの」は年、月、日などに掛かる枕詞。
「あらたまの年」は新年を表します。
小大君と同じく一夜を境に年が替わることを詠んでいますが、
春が立つのと霞が立つのとを掛け、
暦が替わるだけでなく風景も変わるというのです。

《詞書》春立つ日よめる
けふにあけて昨日に似ぬは 皆人の心に春の立ちにけらしな
(玉葉和歌集 春 紀貫之)

今日夜が明けてみると、何かが昨日とちがう。
人々の心に春が立ったかららしいな。
紀貫之(三十五)は一夜明けて人の気分が変わったのだと。

歌人たちは新年の歌会に呼ばれたり、
立春だから歌を詠めと命ぜられたり、
毎年のように新春の歌を詠む必要がありました。
上記三首は無理やり詠んだと思われる凡百の歌に
埋没せずにすんだ稀な作品と言えるでしょう。