読み物

続『小倉百人一首』
あらかるた

【180】巻頭歌を詠む(弐)


巻頭歌に推量が多いわけ

第三勅撰集『拾遺和歌集』の巻頭歌は
壬生忠岑(みぶのただみね)のこの歌です。

《詞書》平定文が家歌合に詠み侍りける

春立つといふ許にや み吉野の山もかすみて今朝は見ゆらむ
(拾遺和歌集 春 壬生忠岑)

立春になったというばかりに
吉野山も今朝は霞んで見えることだろう。

「らむ」は推量の助動詞です。
現在の状況を推量しているのなら、
今まさに霞んでいるだろうということになり、
理由の推量だとすると、吉野山が霞んでいるのは
立春だからだろうということになります。

《詞書》堀河院御時百首歌めしける時
立春の心を詠み侍りける

うちなびき春は来にけり 山河の岩間の氷けふや解くらむ
(金葉和歌集 春 修理大夫顕季)

「うちなびき」は枕詞。
春が来た。山の川の岩間に張っていた氷も
今日は解けるのではないだろうかと、
藤原顕季(あきすえ)の歌もまた推量です。

立春になったからといって、たった一日で
何かが大きく変わるわけではありませんが、
季節の変化を詠み、春到来を喜ぶのが通例でした。
歌人は宮中や貴族の邸に招かれて詠むことが多いため、
推測にならざるを得なかったのでしょう。


推量ならではの自由

藤原定家(九十七)は父の俊成(八十三)とともに
二首が巻頭歌に選ばれています。

《詞書》たつ春の心をよみ侍りける

名に高き天の香具山 けふしこそ雲居にかすめ春やきぬらむ
(続古今和歌集 春 前中納言定家)

《詞書》春立つこゝろをよみ侍りける

出づる日の同じ光に 渡つ海の浪にも今日や春は立つらむ
(続千載和歌集 春 前中納言定家)

『続古今和歌集』の歌。
名高い天香具山が雲居(=空)に霞んでいるのを見ると、
今日というまさにこの日、春が来たのだろう。
「かすめ」は已然形で、「ば」が省略されています。

天香具山は大和三山の一つで都からは見えません。
しかし定家は推量ならではの自由さを生かし、
古都に思いを馳せてみせたのです。

『続千載和歌集』の歌は、
いつもと同じ日の出の光ではあるけれど、
それでも今日の立春の光は大海原の波にも届き、
春が来ていることだろうと、
ここでは推量を海にまで拡げています。

このとき定家は二十歳だったそうですが、
すでに自在な発想力を身につけていたのですね。