ちょっと差がつく
『百人一首講座』
【2002年2月20日配信】[No.052]
- 【今回の歌】
- 源重之(48番) 『詞花集』恋上・211
風をいたみ 岩うつ波の おのれのみ
砕けてものを 思ふころかな
2月も下旬となり、芽吹きの春はもうすぐそこです。
でも、まだ寒い日々が続くようですね。
さて女性陣。バレンタインの愛の告白は上手くいきましたか?
今、恋人と一緒ならもう言うこともなしですが、玉砕してしまったあなた、つれない相手の態度に「岩みたい」なんて思ってるんじゃないでしょうか。今回紹介する歌は、男が玉砕する歌ですが、砕ける姿を限りなく鮮烈に描いた一首です。
現代語訳
風が激しくて、岩に打ち当たる波が(岩はびくともしないのに)自分だけ砕け散るように、(相手は平気なのに)私だけが心も砕けんばかりに物事を思い悩んでいるこの頃だなあ。
ことば
- 【風をいたみ】
- 「いたし」は「はなはだしい」という意味の形容詞です。
「…(を)+形容詞の語幹+み」で「…が~なので」というように原因・理由を表す語法となり、ここでは「風が激しいので」という意味になります。 - 【岩うつ波の】
- 「岩に打ち当たる波の」という意味で、ここまでが序詞です。
- 【おのれのみ】
- 「のみ」は限定の副助詞で、「自分だけ」という意味です。
- 【砕けて】
- 「くだけ」は下二段活用の自動詞「くだく」の連用形で、微動だにしない岩にぶつかって砕ける波と、振り向いてくれない女性に対して思いを砕く自分、という意味を重ねています。
- 【ものを思ふころかな】
- 「物事を思い悩んでいるこの頃だなあ」という意味になります。
作者
源重之(みなもとのしげゆき。生年不祥~1003年頃)
清和天皇の曾孫(ひまご)で三十六歌仙の独りです。冷泉天皇の時代に活躍し、天皇の東宮時代に帯刀先生(たちはきのせんじょう)、即位後は右近将監から相模権守(さがみのごんのかみ)に出世しました。
鑑賞
風がとても激しくて、海に顔を出した岩に波がぶち当たって砕けている。岩は何も動じないのに、波は何度も岩に当たり、そして粉々に散っていく。ちょうど、振り向いてくれない彼女に想いを寄せて心砕ける私のようだなあ。
波と岩に託しておのれの激情を語る鮮烈なイメージの一首です。
普通砕けてしまうのは、女性の心と思いがちですが、ここで千々に思い悩むのは男性の方でした。
実は「砕けてものを思ふころかな」は、平安時代の歌によく使われる恋の悩みの表現です。ある種ありきたり、とも言えるのですが、そこに序詞で嵐の海の情景を詠み込んだことで、陳腐な恋の言葉が劇的な名歌に姿を変えてしまいました。
この辺りが、名手と言われる詠み手の凄さでしょうか。
さかまく波に寄せて激しい情念を歌い込んだ印象の強い一首。
ぜひあなたもその情景を心に思い描いてみてください。
この男性的な歌の作者、源重之は国司として筑前や肥後など地方を廻り、最後に陸奥(今の東北地方)で没した人です。
さて肥後国といえば、現在の熊本県。熊本といえば阿蘇山などの壮大な自然が魅力の観光地ですが、県庁所在地の熊本市には、加藤清正が茶臼山に築いた名城、熊本城がそびえています。
熊本城といえば、板塀の黒としっくい壁の白のコントラストが非常に美しい名勝。訪れる場合は、JR熊本駅より市電に乗り、熊本城前にて下車します。
付近には水前寺公園や熊本博物館など、古都らしい観光スポットも多数。阿蘇山へ修学旅行へ行った人も、もう一度訪れてみてはいかがでしょうか。