読み物

ちょっと差がつく
『百人一首講座』

【2002年12月30日配信】[No.093]

【今回の歌】
周防内侍(67番) 『千載集』雑・961

春の夜の 夢ばかりなる 手枕(たまくら)
かひなく立たむ 名こそ惜しけれ

この一年、弊庵「小倉山荘」のお菓子、並びに当メールマガジンをご愛顧ご愛読賜り、誠にありがとうございました。
皆様、よいお正月をお迎えください。
来年もよろしくお願いいたします。

いよいよ明日は大晦日。一年の最後の一日です。
大掃除(すすはらい)を済ませ、しめ飾りや門松を買って飾り、新年に食べるおせち料理の準備をしたりお餅をついたり。
早めにお風呂に入って、年越しそばといわしを食べ、紅白を見ながら除夜の鐘を聴く。
今ではここまで典型的な年越しを行う人も珍しいでしょうし、おせちを作る家は夜遅くまで、料理に忙しかったりします。
ゆっくり団らんとはいかないかもしれませんが、一年の最後の一日くらい、家族でこたつに入ってゆっくりくつろぎたいものです。そして、過ぎゆく一年に思いをはせましょう。

さて今号は、1月2日に見る初夢にちなんで、夢の歌をご紹介します。



現代語訳

短い春の夜の、夢のようにはかない、たわむれの手枕のせいでつまらない浮き名が立ったりしたら、口惜しいではありませんか。


ことば

【春の夜の夢ばかりなる】
「春の夜」は短くすぐ明けてしまうはかないもの、というイメージがあり、「夢」もまたはかないものと考えられています。「ばかり」は程度を示す副助詞で、「なる」は断定の助動詞「なり」の連体形。全体で「短い春の夜の夢のようにはかない」という意味になります。
【手枕(たまくら)に】
「手枕(たまくら)」とは、腕を枕にすることで、男女が一夜を過ごした相手にしてあげます。
【かひなく立たむ】
「かひなく」は「何にもならない」「つまらない」という意味になります。また「手枕(たまくら)」にする「腕(かひな)」が掛詞として入っています。「立たむ」の「む」は推量の助動詞で「もし(噂が)立ったら」というような意味になります。
【名こそ惜しけれ】
「名」は「評判」や「浮き名」のことで、「こそ」は係助詞です。
全体で「浮き名や噂が立ったら、口惜しいではありませんか」という意味になります。

作者

周防内侍(すおうのないし。11世紀~1109年ころ)

周防守・平棟仲(たいらのむねなか)の娘で後冷泉、後三条、白河、堀河天皇に女房として仕えました。本名は仲子(ちゅうし)です。女房三十六歌仙のひとりで「周防内侍集」を残しました。
出家後の1109年頃、70数歳で病のため亡くなったとされています。


鑑賞

この歌には面白いエピソードがあり、千載集の詞書で紹介されています。
陰暦2月頃の月の明るい夜、二条院で人々が夜通し楽しく語らっていた時のこと。周防内侍が眠かったのか何かに寄りかかって「枕がほしいものです」とつぶやきました。すると時の大納言・藤原忠家(ただいえ)が、「これを枕にどうぞ」と言って自分の腕を御簾の下から差し入れてきました。
要するに、「私と一緒に一夜を明かしませんか」とからかったのでしょう。

それに対し、内侍が機転をきかせてこの歌を詠んだのでした。
(まあ、おからかいを。短い春の夜のはかない夢のような、戯れの手枕にからだをあずけてしまって、つまらない浮いた噂が立ってしまうのは、くやしいことですから)。
今なら上司のセクハラ!と怒るところかもしれません。しかし「かひなく」に「腕(かいな)」を掛け、春や夢、手枕と艶っぽい言葉を散りばめたテクニックは、当意即妙で見事です。
きっと宮廷内は笑いと感嘆の声に包まれたのではないでしょうか。当時の御所の暮らしが想像できる楽しいエピソードです。

作者・周防内侍は、
「恋ひわびて眺むる空の浮雲やわが下もえの煙なるらむ」
という一首を詠み「下もえの内侍」とあだ名されました。「下もえ」とは、心の底に秘めた燃える恋心という意味ですが、艶な響きもあります。周防内侍は頭の回転が速いだけでなく、エロティックな歌も得意としていたようで、きっと今ならざっくばらんで活発な女性として、人気を呼んだのではないでしょうか。

作者の父は周防守。周防国は、現在の山口県の東半分にあたります。
県庁所在地の山口市は、大内氏が室町時代に作った古都で国宝の五重塔をはじめ、県政資料館、サビエル記念聖堂や、雪舟、若山牧水、中原中也、司馬遼太郎などにちなんだ見所が各所にあります。JR山口駅で降り、観光案内片手に市内をめぐってみてはいかがでしょうか。