読み物

ちょっと差がつく
『百人一首講座』

【2002年9月25日配信】[No.074]

【今回の歌】
能因法師(69番) 『後拾遺集』秋・366

嵐吹く 三室(みむろ)の山の もみぢ葉は
龍田(たつた)の川の 錦なりけり

9月中旬になっても暑い夜があったりして、今年はなかなか涼しくなりませんでしたね。しかしようやく秋本番の風情になってきました。近所のスーパーでは、西瓜と入れ替わりにネットに入った栗が並びはじめています。

アメリカのSF作家でしかも名文家として有名なレイ・ブラッドベリに「10月はたそがれの月」という短編集があります。昔ながらのロケットや火星が出てくるSFや怪奇なストーリーの中で語られるのは、感受性の強い少年期の出会いや夢といった懐かしくほろ苦いエピソード。一緒に砂遊びをしていた少女が湖で溺れ湖を離れる時に半分だけ砂の城を作ってお別れをした少年が、数十年後に再びそこを訪れるともう半分のお城が作られていて…、などという話は感傷的な秋にとてもふさわしいものでしょう。
みなさんは、子供の頃の秋の思い出ってありますか?
さて、今回は子供の頃に見たらきっと一生忘れないだろう、美しい紅葉の山の風景です。
なお、本号より月6回の配信となります。



現代語訳

山風が吹いている三室山(みむろやま)の紅葉(が吹き散らされて)で、竜田川の水面は錦のように絢爛たる美しさだ。


ことば

【嵐吹く】
「嵐」は山から吹き下ろす強い風のことを表します。
【三室(みむろ)の山のもみぢ葉は】
大和国(現在の奈良県生駒郡斑鳩町)にあった神奈備山(かむなびやま)のことで「三諸(みもろ)の山」とも言います。
神奈備山は現在でも紅葉の名所です。
【竜田の川の】
大和国(現在の奈良県生駒郡)を流れる川で、三室山の東のふもとを通って大和川に合流します。
【錦なりけり】
「なり」は断定の助動詞「なり」の連用形、「けり」は詠嘆の助動詞「けり」の終止形で、美しさにはじめて気づいた感動を表します。錦は五色の色糸を使って絢爛豪華な模様を描き出した織物です。

作者

能因法師(のういんほうし。988~1050)

肥後守橘元(もとやす)の息子で、俗名は橘永★(たちばなのながやす。★はりっしんべんに豈)といいました。
大学で詩歌を学び文章生となりましたが、26歳の時に出家します。最初の法名は「融因」でした。
摂津国古曾部(こそべ。今の大阪府高槻市)で生まれ、そこに住んだので「古曾部入道」などとも呼ばれます。東北や中国地方、四国などの歌枕を旅した漂泊の歌人でもあります。


鑑賞

秋の観光の目玉といえば、なんといっても紅葉狩り。
シーズンはずばり10~11月。これからいよいよ本番を迎えます。
高山から徐々に色づきはじめ、ふもとに降りてくる頃にはアキアカネが舞い、稲刈りが終わり、柿や栗、梨やブドウなど果物の収穫も最盛期を迎えていることでしょう。
都会では街路樹のイチョウやポプラなどの落ち葉で歩道が黄色く染まりますが、山では紅葉が山や野を染め抜きます。

この歌は、そういう情景を錦という言葉を使って絢爛豪華に描いた一首です。ビジュアルな表現に優れる百人一首の中でも、ストレートに美しい情景が表現されています。
三室山という山と竜田川という川、どちらも有名な歌枕ですが山と川を両方とも歌に入れ、さらに錦に見立てたゴージャスさが魅力といえるでしょう。

もともとこの歌は、1049(永承4)年の11月に後冷泉天皇が開いた内裏歌合せの中で、藤原祐家の
「散りまがふ嵐の山のもみぢ葉はふもとの里の秋にざりける」
という歌と競って勝った歌です。
「歌合せ」は貴族を東西2手に分け、主催者が1ヶ月ほど前に出した「お題」について1対1で歌を詠み合い、その優劣を判定者が決めて勝敗数を競う、というもの。
実はこの「歌合せ」、歌だけの優劣ではなく、歌人の衣装とか焚く香などの演出、パフォーマンスも評価されました。しかも、出場者は必ずしも作者ではなく、大政治家が身分の低い歌人に代作させた、ということも多々あったようです。

ところでこの歌の作者・能因法師は文章生、今で言うなら国立大学で漢文学や歴史学といった学問を研究する学者でした。
しかし何を思ったのか、26歳の若さで出家し、諸国をふらりと旅して歌を詠む漂泊の歌人となります。
もちろん当時から旅の歌人として有名でしたが、
「都をば霞とともに立ちしかど秋風ぞ吹く白河の関」
という歌は、実は白河の関まで旅したわけではなく、「旅に行く」と言って実家の庭で顔を日に焼き、いかにも長旅をしてきたような態度でお披露目したそうです。お茶目なエピソードですね。

この歌の舞台になった竜田川は、前々回の72号・在原業平の回でご紹介しました。JR王寺駅から、奈良交通バスに乗って竜田大橋で下車すると到着します。
この他、関西近郊の紅葉の名所といえば、次のようなポイントがあります。
■福井 九頭竜湖…福井駅からJR越美北線に乗り、九頭竜湖駅でで下車します。山に囲まれた美しい湖で、付近に温泉やスキー場もあります。
■石川 那谷寺……JR小松駅より那谷寺行きバスに乗り、那谷寺バス停で下車。白山が遠くに見えます。