読み物

をぐら歳時記

祭りや神事・稲作に学び、感謝する、自然と共に生きる日本人のこころ

『自然との絆 日本のこころを訪ねる』◆その一


四季を楽しみ、自然を愛しむ

 われわれ日本人の祖先たちは、春夏秋冬と変化する自然との絆を大切にしてきました。

 春は桜の季節。夏には、稲田と山々の緑がひろがり、秋は黄金色の稲穂が収穫の喜びを高めてくれます。この国土に生きた人たちが、古くから、自然を慈しみ、四季を愛でてきたことは、万葉集や古今集の歌からもうかがえます。

 今回は、『稲作文化の世界観』で和辻哲郎文化賞を受賞され、グローバルな視点から日本固有の文化を考えておられる嶋田義仁さんに、古くからの稲作神事や収穫祭などのお話をうかがいました。


稲作民にとっての春のおとずれ

 春になると桜の花が咲き乱れます。これはソメイヨシノですが、ソメイヨシノは、江戸時代末期につくられ、明治になって全国にひろがった園芸種です。

 そろそろ田植えの時期だと伝えたのはむしろ、春の七草のような、どこにも生える雑草のような、それだけに季節をよくしらせる植物でした。

 昔の人は薫り高い七草をあじわいながら、これから稲づくりに頑張るぞ、と張り切ったのではないでしょうか。

 稲作にとって大事なのは水でした。それも雪解け水のように冷たい水ではだめ。水温む、そういう季節がやってきて、さあ稲作がはじまるぞ、となるわけです。

 その水がやってくるのは、お山。しかもそのお山は高くそびえたつ高峰ではなくて、田の水が流れてくる身近にあるお山。こういうお山を神奈備山(※1)と呼び、そこにむかってそっと手を合わせて、苗代づくりが始まりました。


相撲も稲作の神事

 古い神道には社殿はありません。神さまは山や海のかなたにいて、神事の時にやってきて、神事が終わると去ってゆくからです。

 その神さまが降り立つ場所が、磐座(※2)とよばれる磐や、砂場でした。ですから古社でもっとも神聖な場所は神殿のまわりにある砂場だったり、磐であったりします。

 そのわかりやすい代表が、相撲の行われる土俵です。相撲はもともと神事で、水の神と大地の神が争う儀礼でした。そして水の神が勝つとその年は豊穣に恵まれる。愛媛県の瀬戸内海に浮かぶ大三島(※3)に大三島神社がありますが、ここではいまでも「ひとり相撲」といって、見えない神さまと相撲をとる神事が行われています。


水を絶やさない
水源となる大地が
神殿だった

 水の神さまを迎えますが、古い神社は地域にとって重要な水源に位置し、そこには古い井戸や泉、池があります。下流の田への取水口もあります。神社の入り口には手水鉢があり、身をきよめてから参拝します。

 これも、水道施設もない時代からあったわけですから、その背後には、すぐれた水利技術がありました。水源となる山や、山から流れる谷川を日ごろ管理しなければ手水鉢の水は途絶えるからです。

 古い神社に神殿はなくとも、水源となる山全体や流れ出る谷川に対しては、実にきめこまやかな管理がなされてきました。それが里山の美しさを保ってきたのです。大地が神殿であったといってもいいでしょう。

 平安時代の池のある庭園や、仏教寺院の山水庭園も、そういう技術があってできあがりました。


自然の恵みは祖霊の来臨

 山への信仰、水への信仰、それは農作のためだけではありませんでした。

 山や、海原の彼方には、祖霊のおわす聖なる世界があったからです。実際にも、村々の墓地は聖なる山や谷にある場合が多く、島々の生活では、海上から湧き上がる雲によって恵みの雨がもたらされます。山里では、山にふる雨によって恵みの水がもたらされ、そういう場所が、同時に祖霊がおわす聖なる空間でもあったのです。恵みの雨の到来は恵み深き祖霊の来臨でした。

 神輿は祖霊をのせて村なかをめぐりました。神輿が暴れるのは中の祖霊が暴れるからで、日ごろの村の不届き者の家には、神輿が突っ込むこともありました。

 東南アジアやアフリカには、お祭りになると実際に、祖先の遺体を神輿の中に入れて村をめぐる儀礼もあります。


稲魂と生命の復活を祝う神事

 そして稲作の、播種、田植え、稲の生育、収穫にいたる農耕プロセスも、実は人間の生死の謎を解く鍵でもありました。種を地中に撒くのは、稲モミの死。しかし、稲の生育を通じて、死んだ稲モミも、豊かな稲穂となって再生復活します。たわわに稔った稲穂の新穀を、餅や赤飯にして食べるのが収穫祭の行事でした。

 正月とは収穫祭であり、稲の再生復活を祝う祭りでしたが、同時に、人間の生命の再生復活を祝う神事でもありました。人間の生命も、死んでも稲魂と同じように、復活するのだと考えられたからです。正月にはお年玉が配られますが、トシとは元来お米を意味した言葉で、トシダマとはお米の魂でした。正月にお餅を食べること、これは復活したばかりのお米の生きのいい魂を人間の身体に取り入れ、人間の復活も祝う神事だったのです。


稲作文化が育てた自然とのつながり

 四季の行事として、御田植え祭(※4)や虫送り、十五夜、収穫祭など数多くありますが、なかでも春の桜は私たちにとって特別なものです。桜の花の「さ」は穀物の霊を、「くら」は神が鎮座する場を意味し、あわせて「さくら」は穀物の霊の集まる場所という意味になるそうです。身近な桜もひもとくと稲作との関連性がみいだされます。稲苗の無事の誕生を祈り、自然との絆を祭りや信仰として築いてきた日本人。

 ひと粒のお米にも、感謝と畏敬、日本のこころと文化を映しています。

■用語解説■
※1 神奈備(かむなび・かんなび・かみなび)
古代、神霊の鎮座すると信じられた山や森のような所。
※2 磐座(いわくら)
神が鎮座する岩石。信仰の対象となる岩。
※3 大三島(おおみしま)
愛媛県今治市の沖、大三島。鎮座するのは大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)
古代から地の神、海の神、兼備の大霊神として崇められた。
※4 御田植え祭(おたうえさい)
その年の豊作を田の神に祈る神事。