読み物

をぐら歳時記

和歌が紡ぐ美意識を訪ねて

『小倉百人一首』の余情と美意識◆その一(二)


『尽くせぬ想い』を音色にのせて

『小倉百人一首』に出会い、和歌の持つ余情と美意識に魅せられて活動されている方々に登場いただき和歌の奥深さをどのように感じ、創作などに反映されてきたのかについて、ご紹介していきます。
今回は、ライフワークで「和歌うた」を広めておられる歌手の早苗ネネ様に、『小倉百人一首』との出会いと共にご自身の取り組みについて語っていただきました。


大人だからこそ、心に沁み入る和歌の魅力

 私と和歌との出会いは、高校二年生の古文の授業でした・・・。

 十二歳でオーディション番組に合格し、芸能界に入った私は、高校一年の終わりに休学届を出して歌手活動に専念する道を選びます。一年後には努力が報われ、『じゅん&ネネ』の「ネネ」として一躍アイドルに。その後は、学業と縁のない人生を歩むことになりました。

 四十歳を過ぎた頃になり、もう一度勉強をしたいという思いに駆られ、四十四歳で定時制高校に入学します。そこでの古文の授業で、再び和歌と出会いました。「この世界観は、大人にならなければ理解ができないものがある」と感動したのを覚えています。人生経験を重ねてこそ見えてくるものがあるということです。十六歳の頃の私では、文法の難しさに気を取られ、古典和歌の持つ余情や美しさに気付くこともなかったでしょうから。


授業で受けた「筒井筒」に
自身の境遇を重ねて

 現在も古文の授業は、伊勢物語から始まるのでしょうか。私の受けた授業は、「筒井筒」という物語。幼い頃に井戸の周りで共に遊んで育った男女が結婚しますが、夫に新しい女性ができてしまいます。夫がその人に会いに行くと分かっていながらも、身支度を整えて送り出す妻。一息つき、遠くの海を眺めると沖の波が白く泡立っており、夜には嵐が来ると、夫の身を案じて詠んだ歌が

風吹けば おきつ白波 たつた山 
     夜半にや君が 一人越ゆらむ

 歌意は、「風が吹いて嵐が来るんだわ、私の夫は今夜半、たった一人で峠を越えてゆくけれど大丈夫かしら?無事にたどり着いてくれますように」というものです。その頃、私も和歌と同じような体験をした時期でもあり、なおさらこの和歌が沁みるように心に響いてきたのだと思います。


教授に絶賛されて始めた「和歌うた」

 定時制高校を卒業した私は、新たな人生をスタートさせるためにハワイ大学分校の「マウイコミュニティカレッジ」に留学します。そして、自由表現という授業の学期末試験で定時制時代に学んだ和歌を即興のアカペラで歌ったところ、日本文化に造詣が深かった教授が絶賛してくださり、そのことがきっかけで『小倉百人一首』の和歌を音楽にのせて歌い始めるようになりました。やがてその取り組みはライフワークとなり、早や十八年。百首すべての和歌を歌った念願のアルバム『和歌うた 小倉百人一首』を発表することが出来ました。


 

移ろう自然が与えた
機微を感じるこころ

 自身の人生の軌跡を辿れば、和歌の内容と重なるものがあります。私にとって「和歌うた」を歌うことは、自身の中で醸成される和歌への共感を吐き出すことと言えます。奏でる旋律も同様で、ピアノを弾くうちに記憶の中から湧き出てくるのです。

 それを引き出しているのは、私が現在、居住している自然に恵まれた環境にあるようです。山河に大地、それを包む天空。それらが見せてくれる移ろいに情趣を感じるのです。日本人の美意識の根底にある繊細な季節感に触れることで、和歌への共感が知らず知らずに形成され、アーティストとしての感性を刺激してくれるのだと思います。この土地に越して来てから、あれほど苦しんだ曲作りが嘘のようにはかどりました。そう、見えない何かに導かれるように。


余情とは、様々な縁が連なり
滲み出てくるもの

 和歌の余情とは、様々な縁によって辿る人生の一コマを、短い言葉の中で幾重にも意味合いを持たせるからこそ滲み出るものだと感じています。人生の悲哀・慈愛・儚さ・切なさ・潔さなど、言葉の間に隠された『尽くせぬ想い』。それこそが和歌に余情をもたらすのでしょう。この魅力に気付くことが出来たのも、歩んできた人生の中で得た様々な経験があったからこそだと思います。自分の人生と重なる和歌の世界観と、そこから生み出される余情に、私は心を震わされるのです。

 人間は、心の想いをビジュアルで捉えることができます。それを可能にしているのは、言霊の力ではないでしょうか。和歌は、三十一文字の中に想いを凝縮して表現します。だからこそ、読み手の琴線に響くのでしょう。私は「和歌うた」を歌う時、その和歌の背景や世界観に共鳴しながら和歌の中に身を投じ、全身で感じながら深く味わい、音色として届けます。和歌を音楽という新しい形で広めていく使命感を持ち、この声と溢れる想いを胸に更なる活動に励みたいと思います。