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をぐら歳時記

和歌が紡ぐ美意識を訪ねて

『小倉百人一首』の余情と美意識◆その二(二)


歌のリズムから『音』を感じとる

『小倉百人一首』に出会い、和歌の持つ余情と美意識に魅せられて活動されている方々に登場いただき、和歌の奥深さをどのように感じ、競技などに反映されてきたのかについて、ご紹介していきます。
今回は、「小倉百人一首 競技かるた 第47期・第48期クイーン位」の荒川裕理様に、『小倉百人一首』との出会いと共に、「競技かるた」への取り組みについて語っていただきました。


母が拓いた
「競技かるた」への道

 私が『小倉百人一首』と出会ったのは、母の影響です。学童保育の先生をしていた母が、子どもたちに伝承遊びを教える中で、取り入れたいと思っていたのが「競技かるた」でした。しかし、子どもたちがどの程度、覚えられるものなのか見当もつかなかったので、試しに当時八歳の兄と五歳の私にかるたで遊ばせたのがきっかけでした。

 「ちらし取り」や「坊主めくり」といったかるた遊びを通して、自然と『小倉百人一首』を覚えていきました。そして私は、毎月一月に行われていた『京滋素人かるた大会』に出場することになりました。その当時は、「競技かるた」をする子どもが珍しかったこともあり、私の姿が目に留まった京都かるた協会(現 京都小倉かるた会)の方から入会を勧められ、「競技かるた」の世界へと足を踏み入れることになったのです。


札を払い取る技と美意識

 目にも止まらぬ速さで札が飛び交う「競技かるた」。札を取る際には「払い手」が主流ですが、その中でも「札押し」といって、出札(読まれた札)のやや手前から札を払って競技線外に押し出す取り方が多く用いられます。「札押し」では、数枚を一緒に払い飛ばすことが多いのですが私は出札を直接払って取る「札直」という手法を意識しています。次にどの札が読まれるか分からない中、札の並んでいる場所を正確に暗記して、一瞬の判断で読まれた札を直接触って払い飛ばします。刹那、その札だけが綺麗に飛んでいった時の爽快感は、何ものにも代え難い至福の瞬間なのです。私は常に、「札直」で美しく札を払う所作こそが「競技かるた」における究極美であると考え、札と向き合っています。


空白の一秒が生む、究極の余情

 「四-三-一-五」、これが何の数字かお分かりでしょうか。実は「競技かるた」では、歌を詠み上げる長さも決まっているのです。例えば

わが~衣手は~
    露にぬれ~つつ~

と下の句を四秒で読み、最後のひと文字を三秒伸ばします。そして一秒の空白を置いた後、

春すぎて~
  夏来にけらし~白妙の~

と次の歌の上の句が五秒で読まれます。相手より少しでも速く札を取らないと勝てない「競技かるた」の選手にとっては、その空白の一秒こそが「余情」を感じる瞬間なのです。読手(札を読み上げる人)が発する上の句の最初の音を的確に感じとるため、下の句の終わりを伸ばす三秒間で「どの札を狙っていけば良いのか」と戦術を思い巡らせながら、無心で音に集中する一秒なのです。いざ札が読まれた瞬間、自分の思い通りに取れる時もあれば、相手に先を越されたり、「お手つき」をしてしまったりと、勝負に関する様々な「余情」がそこに生まれます。

 またクイーン位戦では、言語になる前の音や空気の動きをも感じ取ります。例えば、「せをはやみ・・・」の歌を「せ(SE)」ではなく、半音の「S」で取りにいったり、下の句の終わりから次の上の句を発するまでの空白の一秒における空気の動きから、次の音を察したりすることもあります。それほどの集中力を必要とされるのが、名人位・クイーン位戦なのです。


音で感じ取り、言葉で思いを馳せる

 和歌の言葉のリズムはただ美しいだけではありません。平安時代の「歌合」では、勝負の材料にもなりました。「競技かるた」の選手も、歌の音を感じることで真剣勝負をしています。勝負が決まった後、読手は歌の下の句を読み上げます。この時が、これまで「音」として捉えていた歌のリズムから「言葉」へと変わる瞬間です。歌の響きを感じる中で、それまで繰り広げてきた勝負に対する様々な余情が広がり、時には和歌に詠われた風景が一瞬、幻想のように浮かんでくることがあります。

 現在は、選手としてだけでなく指導も行う立場になり、様々な角度から『小倉百人一首』と向き合うようになってきました。綺麗な音の積み重ねから様々な想いを紡ぎ出してきた和歌。そんな歌人たちの想いをも、勝負の余情として感じられるような選手になりたい。そして「競技かるた」の魅力をさらに広めていきたいという思いで、今後も練習や指導を続けていくつもりです。

◆「競技かるた」の基本ルール◆
◎読手が読み上げる歌の「上の句」を聞いて、
「下の句」の書かれた札を素速く取りに行く競技。
●百枚の札から無作為に選んだ五十枚を使います。使用しない五十枚は「空札」と言います。
●持ち札二十五枚を上・中・下段に自分の方に向けて自由に並べます。自分が並べる範囲を「自陣」、相手の方を「敵陣」と言い、各陣の外枠を『競技線』と言います。
●読まれた札に先に触れるか、競技線から出した方が勝ちとなり、その札は無くなります。
●自陣の札を取った時はそのまま無くなりますが、敵陣の札を取った時や相手がお手つきをした時には、自陣の札から一枚を相手に送ることができます。
●試合は、先に自陣の札がなくなった方が勝ちになります。