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をぐら歳時記

常識を超えた創造と変革

定家による和歌の進化をひもとく◆その二


常識を超えた創造と変革

藤原定家は、従来の和歌の表現を次々と新たなものにしていった和歌世界における改革者でした。ここでは、定家が実際に行った革新的な手法にスポットを当てて和歌の進化について紹介していきます。

古典和歌を専門に研究されている小山順子先生に、定家が和歌世界に起こした四つの「新たなる風」の中から、夏号では「既成概念の枠から外に出ることにより創造した和歌」を題材に語っていただきます。


新しき和歌表現へのチャレンジ

 藤原定家は、和歌の大成者として後世、崇敬を集めた歌人です。定家の歌人としての偉大さは、それまでに培われた和歌の伝統に安住するのではなく、常に新しい表現を模索し、追求し続けたところにあります。

 特に定家が二十代から三十代の頃、元号でいうと文治から建久(一一八五~一一九九年)が、斬新な和歌を詠むことにチャレンジした時期です。定家が仕えた九条良経、そして良経の叔父にあたる慈円が、新たな和歌の表現を切り拓いてゆく仲間でした。この時期の和歌と自身について定家は、後年「文治・建久より以来、新儀非拠の達磨歌と称し、天下貴賤の為に悪まる」と記しています。文治・建久の頃から、「新儀非拠の達磨歌」と呼ばれ、身分の高い低いを問わず、誰からも憎まれたということです。「新儀非拠の達磨歌」とは、前からあるものを無視して道理に合わないことばかり読んでいる禅宗(※1)のような和歌という意味です。定家や良経・慈円の新しい和歌は、当時、新しい仏教として日本に入って来て間もない禅宗に引っかけて、伝統を無視した難解な歌だと非難されたのでした。


扱われなかった風物を題材に和歌を

 では、当時の定家が詠んだ歌から、新しさを見てみましょう。

あぢさえの
 下葉にすだく 蛍をば
よひらの数の
   添ふかとぞ見る

[拾遺愚草(※2)・二二二:夏]
 

【歌意】
紫陽花の下葉に集まっている蛍の光は、宵に咲く四枚の花弁の数を増やしているように見える。

 文治三年(一一八七年)春、定家が二十六歳の時の歌です。

 紫陽花は梅雨時に美しい花を咲かせます。『万葉集』にも紫陽花を詠んだ歌は二首ありますが、王朝和歌ではほとんど詠まれない題材です。たとえ詠まれたとしても、紫陽花の花が四枚の花弁をつけることから「四片-宵ら」の掛詞(※3)で、「宵」を導く序詞(※4)として用いられるのが常で、花の美しさに焦点が当てられることは滅多にありませんでした。

 定家のこの歌にも、「四片-宵ら」の掛詞は使われています。しかしそれよりも、四枚の花弁に蛍がさらに花びらを付け加えているように見える、という「四片」に眼目が置かれているのが特徴です。宵闇に紫陽花の花がぼんやりと浮かぶ中に、蛍の光が点っている、蛍の小さい光に吸い寄せられるように見ると、まるでその光が、紫陽花の装飾花(四片で構成される花の部分)の一つであるかのように錯覚する、という幻想的な光景です。おそらくは、この紫陽花は今でいう大手毬の品種ではなく、日本に自生する山アジサイではないかと想像されます。花が密集する大手毬より、一つひとつの装飾花が目立つからです。

 王朝和歌には珍しい紫陽花を題材としながら、蛍と組み合わせて、夏の宵の情景を幻想的に切り取った見事な一首です。

 次は、建久七年(一一九六年)九月に詠んだ歌です。定家は当時三十五歳でした。

 京都の夏は湿気が高く、体にまとわりつくような暑さです。和歌では夏を詠む時、暑さの中にも感じられる清涼感であるとか、ホトトギス・蛍・撫子などの風物を取り上げますが、暑さを正面から詠んだ歌はほとんどありません。

行きなやむ
 牛の歩みに 立つ塵の
   風さへ暑き
     夏の小車

[拾遺愚草・一六二五:夏]
 

【歌意】
あまりの暑さになかなか進まない牛の歩みに、砂塵を舞い上げ風が立つ。埃っぽい風までもが暑い、夏の日の牛車であるよ。

 当時は現在のように道が舗装されてはいませんから、牛が歩いて牛車が進むと、砂塵が立ちます。風が吹けば涼しさを感じさせてくれるはずが、砂塵を含んだ埃っぽい風だと、それまでもが暑く感じられる。京都で夏、屋外にいると、風が熱気と湿気を運んでくるようで、逆にいっそう暑く感じられます。その風が埃っぽいとなると、不快感の度数はますます上がります。「行きなや(悩)む」という、遅々としてなかなか進まない牛の様子も、暑さと埃っぽさの不快感をさらに上げています。牛の鳴き声や、牛車が立てる車輪の音も想像できるような歌です。

 和歌とは「美しく雅やかなものを詠むべき」、という前提からは外れてしまう歌ですが、京都の夏を切り取ったようなこの歌は、現代の目から見てもとても面白いと思います。

《用語解説》
※1禅宗(ぜんしゅう)
禅を根本とする曹洞(そうとう)宗や臨済(りんざい)宗、黄檗(おうばく)宗などの宗派をまとめた「総称」。
※2拾遺愚草(しゅういぐそう)
藤原定家自身が五十五歳の時に選んだ個人歌集(国宝)。
※3掛詞(かけことば)
同じ音を利用して、二つ以上の意味を持たせた言葉。
※4序詞(じょことば)
特定の語を引き出すために置く言葉ですが、字数制限がなく創作が可能。