読み物

続『小倉百人一首』
あらかるた

【51】万葉の萩


旅人が愛した花

令和の元号で有名になった大伴旅人(おおとものたびと)は
萩(はぎ)の花が好きだったと考えられていますが、
その根拠となっているのがこの歌です。

 
かくのみにありけるものを 萩の花咲きてありやと問ひし君はも
(万葉集巻第三 455 余明軍)

このようになる(=いずれは死ぬ)ものなのに
萩の花は咲いているかと尋ねておられましたね あなたは

 
天平三年の秋七月、旅人の死去に際して
部下だった余明軍(よのみょうぐん)が詠んだ歌。
旅人は死に臨んでも萩の花を見たがっていたというのです。

 
旅人が萩を詠んだ歌は少ないようですが、
『万葉集』全体で見ると、最も多く詠まれている植物は萩なのです。
その数は百四十一首。二位の梅は百十八、三位の橘は六十八ですから、
圧倒的な一位ですね。

万葉人にとってそれだけ身近なものだったのでしょう。
実際萩はどこにでもある、めずらしくない植物でした。

 
秋田刈る仮廬の宿り にほふまで咲ける秋萩見れど飽かぬかも
(万葉集巻第十 2100 よみ人知らず)

秋の田の稲を刈る仮廬(かりほ)の宿に
目にも鮮やかに咲いている秋萩は見飽きることがないものだ

 
仮廬は農作業のあいだ休憩や宿泊のために建てる仮小屋。
萩は水田のまわりに自生していたという見方もありますが、
根の力を利用するために畦に植えられていたとも考えられます。
萩は川の土手などの斜面によく植えるものだったからです。


野にも庭にも萩の花

萩の出てくる有名な歌と言えば、
山上憶良(やまのうえのおくら)の七種(ななくさ)の歌でしょう。

 

《詞書》
山上臣憶良秋野の花を詠む歌二首

秋の野に咲きたる花を 指(および)折りかき数ふれば七種の花
(万葉集巻第八 1537 山上憶良)

はぎの花をばなくずばななでしこが花
 をみなへしまたふぢばかまあさがほが花
(万葉集巻第八 1538 山上憶良)

 
秋の野に咲く花はほかにもありますから、
代表的なもの、人々の愛でるものがこの七種だというのでしょう。

『万葉集』の萩の歌には野原に萩の花を見に行こうと誘うものがあり、
我が家に萩の花を見にいらっしゃいと誘うものがあります。

 
野原に生えているのに栽培もされていたわけですが、
数ある萩のうち、よく枝垂(しだ)れるミヤギノハギ(宮城野萩)や
ニシキハギ(錦萩)あたりは見映えがよく、今と同じように
観賞用として愛好されていたと思われます。

 
旅人の息子家持(やかもち 六)にはこのような歌があります。

我が宿のはぎ咲きにけり 秋風の吹かむを待たばいと遠みかも
(万葉集巻第十九 4219 大伴宿祢家持)

我が家の萩が(早くも)咲いたよ
秋風が吹くのを待っていたらまだ先だからだろうか

 

秋風が吹くより先に萩の初花が…。
待ちきれなかったのかと思いやるのがユーモラスですが、
家持の庭にはどんな萩が咲いていたのでしょう。